2024年7月の星の行方
隣のクラスのナミと文通を始めたのは夏休みを迎える直前だった。期末テストが終わった日の放課後、部活に向かう僕を呼び止めたナミはていねいに四つ折りされたルーズリーフを渡してきた。
「なにこれ?」
僕がそう言うとナミは真面目な顔をして言った。
「宇宙の秘密。家に帰ったら読んで」
僕は数学の教科書の間にその手紙を挟んで、急いでグラウンドへ向かった。ナミは幼稚園の頃からの幼馴染だ。親同士はよくお茶を飲んだり出かけたり仲が良いけれど、体育会系の僕と文化系のナミには学校以外の接点がないから仲が良いとは言えない。だから、同級生から男女の関係を疑われることもないし、比較的楽な付き合いだった。でも、ナミから受け取った四つ折りのルーズリーフは、ひょっとするとほんとうに秘密にしなければならないことが書いてあるかもしれないから迂闊に開けなかった。
自慢じゃないけれど、僕は隠し事ができない。ババ抜きをしてもすぐ顔に出て、何度となく負けてきたタイプの人間だ。僕は少しだけ怖かった。ナミとの安全な距離感が壊れてしまうかもしれない。仲が悪くなったところでお互いの親は気にしないにしても、仮に仲が深まったとしたらいよいよ家族ぐるみの付き合いが本格化しかねない。
部活から帰って、シャワーを浴びて、夕飯を食べて、テレビを見て、スマホでゲームをして、歯を磨いて、いよいよあとは寝るだけというところでナミから渡されたルーズリーフを広げた。そこには丁寧な筆跡でこう書かれていた。
最後に書かれたナミの名前を見たらため息が出た。予想していた内容とはかけ離れていた。安堵と落胆の気持ちがごちゃ混ぜにあった。何に対して安堵と落胆があったのかはよくわかっていなかった。でも、はっきりさせようとしてしまうと、どうにかなりそうな気がしてしまってそれ以上は踏み出せなかった。釈然としない気持ちのまま、部屋の電気を消して布団に潜り込んだはいいけれど、頭が冴えてしまって夢の世界への扉は完全に閉ざされてしまっていた。
僕は布団から這い出て、部屋の電気をつけた。0時はとっくに過ぎてしまっていた。机の上は期末テストの悪あがきの跡が残っていて、片付ける気にもならない。もう使う予定のないプリントの裏にボールペンを走らせた。
ここまで書いたら、急に夢の世界への扉が開いた音がした。僕は椅子から転げ落ちるように布団の中に入って、部屋の電気をつけたまま眠りについた。
次の日の登校中、ちょうど校門前でナミに会った。僕はポケットに入れておいた手紙を渡した。雑にたたんだプリントは、紙ごみみたいに見えた。僕からすると好都合だったけれど、ナミは明らかに不満気な様子でブレザーのポケットに突っ込んだ。下駄箱の前で上履きに履き替える時に渡せたから周囲にはバレなかったようだ。僕はミッションをひとつクリアしたような気になって、足取り軽やかに教室へ向かった。
その日から少しずつ答案が返された。案の定、テストの点は良くなかった。でも、悪くもなかった。周りの反応からすると、今回のテストは難しかったようだ。いつも学年トップのデキスギくんというあだ名をもつ杉村でさえも、表情は暗かった。そう思えば、僕の点数はやはり悪くなかったようだ。
部活のない日は、真っ直ぐに帰宅と決めていた。サッカー部の多くは、学区外の大きな公園に行ってサッカーをするらしいけれど、休みの日までサッカーをするつもりはない。僕は家路を急いだ。すると、後ろから誰かが小走りでやって来た。ナミだ。僕の横で止まるのかと思ったら、そのまま一声残して走っていってしまった。
「またね」
僕はナミの後ろ姿を目で追った。すると、ナミはこちらを振り返って、左の腰のあたりをポンと叩いた。何かと思って自分の左の腰を見ると、ブレザーのポケットに四つ折りのルーズリーフが引っかかっていた。そのルーズリーフを手にとって前を向いた時には、角を曲がったナミの姿は見えなかった。
帰宅してすぐ、僕は制服姿のまま二枚のルーズリーフを開いた。
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