土曜日のできごと
運動する習慣がなく、目を酷使していて仕事もデスクワークなので肩こりがひどい。肩こりだけじゃなくてだいたい常に全体がかたい。
なので月1回、定期的にマッサージに通っている。近所のショッピングモールのなかにある店舗なのだが、最初にあたった人がとても上手だったので、その人指名で通い続けている。
その日もマッサージを受けるためショッピングモールへ行った。しっかり揉みほぐしてもらい満足した体で少しモールの中を散策する。すると、普段とちがう椅子が並べられたスペースができていて、そこでお兄さんがひとり大きな声でまわりのお客さんたちに呼びかけていた。どうやら献血のお願いらしい。前からやってみたかった私は、これもなにかのご縁だろうと思い、お兄さんにやりたいです、と声を掛けた。
お兄さんはありがとうございます、と言い、終わってからの休憩含めて40分くらいかかっちゃうけど大丈夫ですか?と聞いてきた。大丈夫ですと答えると、こちらを読んで該当がないか確認してからご記入くださいねと受付ブースの前に貼られた案内を指したあとに受付用紙を渡してくれた。確認事項は最近熱が出たことはないか、複数の人と性的接触をもっていないか、ワクチンの接種を受けてないか、直近で海外への渡航歴はないか、などだった。
「前日以降に薬を服用した方はスタッフまでお声がけください」とも書かれていたので、お兄さんに声をかけようとしたが、ちょうど若者が5人連れで「献血したいです」とお兄さんに話しかけているところだったので少し待った。
若者たちへの案内が終わったお兄さんに「毎日薬を飲んでいるんですけど大丈夫ですか?」と尋ねる。「なんていうお薬ですか?」と聞かれたので「チラージンです」と答えた。お兄さんは分厚いカタログみたいな冊子を引っ張り出してきて、チラージンと書かれた場所を見つけて問題ないことを確認してくれた。
用紙の記入が終わり、お兄さんから「検査を待つ時間でこちらを飲んでください。血液って水分なので、水分補給が献血後の不調の防止になるんです」と説明されてスポーツドリンクを受け取った。「最低でも半分、できれば一本飲み切って」と言われる。
不調になりたくないので、スポーツドリンクを真面目にごくごく飲む。まずい。受付のお兄さんとの会話から察するに、若者5人連れは、選挙の期日前投票を終えて献血に来たらしい。そのうち2人は献血経験者らしい。
体重を量り、腕に受付確認用の紙バンドを巻かれる。基準を満たしているので400mlの献血をお願いしますね、と言われた。ひとむかし前のデパートの抽選会場で見るような液晶端末で、最初に見た確認事項と同じ問いに「はい」「いいえ」を押して答えていく。
手続きが終わって、次は問診と血液検査。医師と看護師が待つバスへと向かう。最初に医師が「なんども繰り返しで申し訳ないですが」と前置きながら、先ほど液晶端末に答えたような内容の質問を聞いてくる。その場で改めて薬の種類と、服用の理由を聞かれた。薬はチラージンで理由は良性腫瘍の切除、しかも6年前の手術なら問題ないですね、と太鼓判を押してもらった。(あとで思い出したけど手術は7年前だった)
次は看護師さんの血液検査。先ほどの若者のうちの1人が検査しているところだったので順番待ちした。
じっくり見ていたわけじゃないが、どうもその子の様子がおかしい。看護師さんから顔をそむけたり、もぞもぞ動いたりと落ち着かない。看護師さんが検査のため指先になにかあてるたび、ビクリ、と肩をすくめる。
どうしたんだろう。この検査、痛いのかな。見ているだけの私が不安になったころ、看護師さんがその子に声を掛けた。
「ねぇ、今日はここまでにしない?」
検査のために差し出されていたその子の腕にそっと両手をのせて、看護師さんは続ける。
「なんかね、見ててちょっとしんどそうなんだよね。このあとさらに続けられそうにないかなって。みんなにはここで止められたって言えばいいし。そういう人はいっぱいいるし、無理しないでほしいの」
言われたその子は小さくコクコクと頷いた。
「うん。そうしよ。じゃあ、後の処置だけやっちゃうね。ごめんね。せっかく来てくれたのに」
看護師さんは手早く指先に絆創膏を貼って、もう一度その子の顔を見て笑顔になった。
「あぁ、よかった。顔色よくなったね。落ち着いた?そう、よかった」
私の番になった。まず両腕を見せてください、と言われて両方の腕をテーブルにのせる。二の腕にゴムのチューブを巻いて看護師さんが腕の曲がるところらへんを何度もこすりながら血管を探す。「ちょっとごめんなさいね」と言いながら、チューブの巻きが強くなった。
ここにきて思い出した。私は採血のとき、毎回血管を探されるタイプだった。あれ、それって、もしかして献血も採りにくいタイプなのでは?そして、ひょっとして献血って、採血より痛かったりするのでは?
にわかに緊張してきた私には気づかず、看護師さんは「うん、右側でやらせていただきますね」とどうにか血管を見つけてくれた。それから左の薬指の先にクッとなにかを押すような形で針を刺し、血を出して検査を始める。この針はそんなに痛くなかった。裁縫で間違えて針刺しちゃったくらいの痛み。ちなみに刺したものを「なにか」と書いているのは見ていないから。注射も採血も、私は怖くて自分にされているところを見ることができない。
血液型はBですね、と検査の結果が出る。モニターから「ビーッ」という音が響いた。「はい、じゃぁこのティッシュ押さえててください」と言われて血を取った指先に巻かれたティッシュを親指で押さえる。
看護師さんがティッシュを外して絆創膏を巻いてくれながら言った。
「今日はですね、ここで終了になります」
……え?
「貧血という数値ではぜんぜんないので心配しなくていいんですけど、女性に400ml献血していただく場合はヘモグロビンの量がこれだけ無いと献血できない、という基準があるんです。今日はその基準に0.2足りませんでした」
「えー……そうなんですか……やっぱ、ほうれん草とかがいいんですかね?」
「貧血という値ではないので、食べ物で栄養とって……ということではないんです。女性はどうしても波があるのでね。よく食べてよく寝て、という感じですかね」
「なるほど……わかりました。すみませんでした……」
「すみませんね。せっかく来ていただいたのに。あちらで休んで、お菓子とかジュースとか取ってくださいね」
バスから外に出る。献血するバスへ誘導しようとするスタッフさんに「ダメでした……」と告げると、あら~、という顔で帰り道を案内してくれた。
受付した場所まで戻り、検査表などが入ったファイルをスタッフさんに渡す。そこでも「よかったらお菓子持っていってくださいね」と言われたが、申し訳なくてそんな気にはなれなかった。
最後の手続きを待っている間にスマホで献血の痛さを調べた。たしかに、採血よりは使う針が太いらしい。だからと言って「すごく痛い」みたいな情報は見当たらなかった。少し安心した。
「0回」と記された献血カードを受け取り、その場をあとにした。私はまた挑戦する気になれるだろうか。
twitterの人に「ブログでやれ」って言われないようにアカウント作りました。違うブログで台湾旅行や入院や手術に関してお役立ち情報書いてます。よかったら見てください。 http://www.ribbons-and-laces-and-sweet-pretty-faces.site