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ビタースウィートバレンタイン
初めて本命チョコをあげたのは小学校4年生だった。
同じクラスで、席が隣どうしになった男の子。別に勉強ができるとか、スポーツが得意とか、明るいクラスの人気者とか、そういう、わかりやすい魅力があった子じゃない。ただ、話が合っておもしろかった。今も昔も、人を好きになるポイントはあんまり変わってない。
初めてチョコをあげよう、と決めたバレンタインデー当日。ちょうど日曜日だったので、友達に付き合ってもらってその子の家まで行った。だけど、どーーーーしても玄関の呼び出しベルを押す勇気が持てなくて、結局ポストに入れて逃げるように帰ってしまった。
次の日どんな顔をして学校に行ったか、あまり記憶がない。たぶん私のことだから、なんでもなかったような顔をしていたのだと思う。男の子からも、なにかいわれたような記憶はない。お互いそのことには触れず、いつもどおり過ごしていたような気がする。
ホワイトデーはドッキドキだった。学校ではなにもなくて、落ち込みながら家に帰って、夕方、その子が自転車で家の前まで来たのを窓から見つけたときはうれしさと緊張で舞い上がった。見つからないように息をひそめて二階の窓からのぞき、ポストになにかが置かれるのを見守った。なんか、かわいいウサギちゃんかなにかの、缶のお菓子だったと思う。
その次の年も、さらに次の年も、この初々しい、ポストを通したひそかなやりとりは続いた。中学校に上がり、マセてきた私は、このやりとりだけで我慢ができなくなってきた。いつまでも告白してこないその男の子にだんだん興味を失って、1学年上の先輩に夢中になった。そのため、中学1年の終わりに、ようやく男の子に告白されたが、あっさりフってしまった。
それから十年とちょっとたち、久しぶりに同窓会が開かれた。あの頃の倍くらい生きた私たち。はた目には立派なおじさんおばさんでも、みんなの目には当時のみんなが映っていた。変わらないねぇ、という言葉があちこちで飛びかった。あの頃のノリのまま、終電がなくなっても盛り上がりつづけて店を追い出され、田舎なのでそんな時間に開いてる店もなく、けっきょくみんなでワーキャーいいながら海にいった。
海では、いつのまにか当時好きだった人を打ち明けるながれになった。夜中の、暗い、海で、恋バナ!本当にノリが変わらない。おじさんおばさんも、ただ歳を取っただけの、中学生だった人なのだ。
そこに、あの男の子がいた。
まわりの人たち、おもに男子が自分のことを次々と打ち明け、やっぱりそうだったのか!とか、そうそう、そうだったよな!あのときさー!みたいな感じで盛り上がっているなかで、私は内心そわそわしていた。だって、……ねぇ?
その子も、まわりにあわせてうっすらと笑いつつ、自分のことを話そうとはしなかった。そんな男の子の態度に私はひとりでコッソリ納得していた。
そうだよね。今まで出てきた女の子の名前はここにいない子ばかりだけどさ、ここで、この場にいる私の名前が出るのは……ねぇ?なんか、やっぱ、恥ずかしいじゃん?別に卒業して以来、この日まで一度も会ったことなかったし、お互い、今さらなんとも思ってないのはわかりきってるけど。わかりきってても、やっぱりむず痒いというか。まぁ、私はフってる側ってのもあるし、ちょっと、うん、気まずいかな……。
心の中でモジモジニヤニヤしていたら、空気を読まないお調子者キャラがその男の子にからんだ。
「おい、お前も言えよー!まぁわかってるけどさー!」
まわりの男子もそうだそうだと騒ぎ立てる。
……え、わかっちゃってるの?有名だったのかな?ま、そりゃ、小4から3年も続けてチョコあげてたら、みんな知ってるか。えー。そうかー。
それでも男の子は「いや、俺はいいよ……」といって口を割らなかった。なんだよー、言えってー、と、まわりからのプレッシャーがますます強くなる。なんだかかわいそうになってきた。も、いいよいいよ、いっちゃえいっちゃえ。男の子に念を送りながら、ひそかに覚悟を決める私。
「オレ知ってるよ!言うよ?いいよなもう?」最初にからんだ男の子がしびれを切らして男の子に確かめる。観念したらしい男の子が無言でうなずいた。あ、わ、来る!
「ユリコちゃんだよな?けっこう長いこと、高校入ってからも諦めきれなかったよな?」
ユ……?
私は、スタババだが……?
男の子はまた無言でうなずいた。当時の経緯を知っているらしい、その場にいた男子のほぼ全員がウンウン、と目を細めてうなずいていた。
…あ、あ、そ、そ……っか。
そう、……だよね!いつまでも小学生のままじゃないよね!私、中学入って1年のうちにお断りしてるし、そうだよね!私じゃないよね!私のわけないよね!うん!あれから君も恋してたんだね!そっか!そっか!!!
っぶねー!!!余計なこといわないでよかったー!!!!!!!
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