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ある日記「好きの塊がふくらんで」2024年12月4日

 何年も前から楽しみにしていた演劇を観た。人生で必ず足を運ばなければならなかった作品だ。観ることが最重要事項であるのに、何年も放っておいてしまったのはチケットが高かったからだ。収入が何年も見事な横ばいを記録する身では到底手の届かない値段だった。作品のクオリティからすればお釣りがくるくらいなのだが、それはそれだ。
 あと、すごく好きなものって最初の熱の高まりを逃すと途端に行けなくなる。超えなければいけない活性化エネルギーの山がとても高くなるからだろう。あんなに楽しみにしてたのに行かなかった、という事実が行くか行かないかの判断に圧をかけてくる。かつての楽しみな気持ちを嘘にしないために、軽はずみな決断ができなくなるのだ。
 とはいえ、幸運にもなんだかんだで観に行けた。期待を大きく上回る出来栄えだった。台本は出版されているので内容は知っていたが、注目のシーンが巨大な予算を使ってマジカルに演出されていて、何回も度肝を抜かれた。どうやら僕は観劇中ずっと目を見開いていたらしく、自分の顔が帰りの電車の窓に写ると、眉と目の距離がいつもの倍あった。あわてて眉をぐぐっと下に押し込んだ。
 観劇の感想を事細かに書き出したい気持ちは山々なのだが、大量の好きなもので頭と胸が重く、ぼーっとしてしまっている。好きの塊がふくらんで自分からはみ出ているようだ。これが多幸感というやつだろうか。できるだけ長く世界が干渉してこないことを願っている。
 運の悪いことに、劇場から出るとき隣で歩いていたおじさんが劇の至らなかった点を大声の早口で羅列していた。評論できるポイントをつらつらと挙げて、劇がいかに自分の期待に応えなかったか指摘していた。前の客席のあの辺りの人たちは喜んでいたみたいとか、俯瞰できてますアピールも欠かさなかった。劇を気に入った大勢の人たちに囲まれて、好きになれなかった自分を大声で主張しなければならないなんて、大変そうだなと思った。


かゆいとこありますか

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