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ある日記「みさきまぐろきっぷ」2024年10月6日
ずっと気になっているのに足が伸びない場所がある。下北沢の演劇やハリー・ポッターのスタジオツアーなどがそうだ。行ったら楽しいことは分かりきっている。それでも何かと理由をつけて予定を先延ばしにしてしまう。数回行くのを諦めると「俺に諦めさせている場所の方が悪い」と憎たらしくなる瞬間もある。色んな人を誘って、一緒に行こうと言ってくれる人が現れても、その場で約束を取り付けることなく、家に帰って忘れてしまう。
ラーメン屋は近所に新しく出店されるとなぜ「行かなきゃ」と思うのだろう。友達と店の前を通りすぎると「ここ行かないとね」と必ず言う。そして行かずに潰れている。店が潰れたことを知ると、少し驚いてから、潰れるくらいの店なら行かなくてよかったと納得する。納得できなかったことがない。ならば「行かなきゃ」と義務感が発生する必要はないはずだ。
「みさきまぐろきっぷ」というお得なチケットがある。電車&バス乗車券、まぐろまんぷく券、三浦・三崎おもひで券の三枚セットで、三浦・三崎への軽い旅行が楽しめる。京急線ユーザーなら車内広告を一度は目にするチケットだ。僕は実家が京急線沿いにあるため、マグロの写真が特徴的な広告を何度も見ていた。見過ぎたあまり、行ってもないのに飽きてしまった。このまま一生行かないで終わるのだろうなと思っていた。
来た、見た、勝った。三浦海岸駅徒歩五分の「廻転寿司 海鮮」にて提供された寿司桶を見て、僕はそう思った。まぐろまんぷく券が使える店をパンフレットで吟味して、足を運んだ店で僕は勝利した。まず、赤身、ビントロ、中トロ、大トロのグラデーションが美しい。右上の赤身から食べていくと、口の中で脂がパンチ力を増していき、四貫でもう大満足だ。それから中段右の軍艦に手を伸ばす。メニュー表から察するにトロシャブ軍艦という。加熱されてほろほろ感が加わり、中はまだ生でとろっと溶ける。それから、イカ二貫を飛ばして、カマトロ炙りをぱくり。肉かと思うことがマグロにとって褒め言葉かは怪しいが、肉みたいで美味い。左下の軍艦を口に入れてみると甘味が強めのなめろうだった。寿司桶一つに何回驚きを入れれば気が済むんだ。残ったサバ、アジ、イカを食べてごちそうさまをした。
駅前からバスに乗り、三崎港に行った。チケットでバス乗り放題だから出費なしだ。三浦・三崎おもひで券の使える「ミサキドーナツ」を訪れた。ドーナツ二つにドリンクのセットがいただける。レジの横の机に楽しげなパンフレットを見つけた。どうやらこの二日間でお祭りを開催するらしい。これは嬉しい誤算。頼んだドーナツをパクつきながらパンフレットを眺める。ありとあらゆるマグロの料理が商店街の店前の屋台で出されるらしい。ありがたい。寿司だけでは物足りないところだったのだ。そんなことより、ドーナツがうまい。油で揚げた感じがなく、あっさりとしていて、グレーズドされた砂糖のコーティングや中に入った餡が染みる甘さだ。大当たりだぞ三崎。
ドーナツ屋を出て、祭りが始まるまで少しあったので、漁港の施設を訪れた。一階に古びたゲームコーナーがあり、何世代か前のマリオカートが置いてあった。100円でプレイできるというので、座って椅子の位置をガチャガチャしていると、地元の少年が話しかけてきた。「カメラ壊れてるよ」とか色々教えてくれた。調子に乗って150ccで難しいコースを選んだらビリだった。「またね」と言って立ち去ると少年は自分でもプレイを始めていた。マグロの市場を回っていると、とても威勢の良い店長が話しかけてくれた。たぶん少年の父親だった。顔がそっくりだった。しかも眼鏡もそっくりなのをかけていた。マリオカートに戻ると少年は僕の倍のスコアを稼いでいた。
商店街に向かうとちょうどお祭りが始まるタイミングだった。生ビールやクラフトビールを買って、祭りにしてはクオリティが高すぎるのに値段が安すぎる地元の店が出す屋台ならではの料理に舌鼓を打った。鉄火巻き、唐揚げ、トロちまき、コロッケと色々なマグロ料理をいただいた。
帰りのバスは満員で、ウィンドサーフィン帰りの大学生が引くスーツケースが僕の足にバンバン当たった。幸せだったので気にならなかった。
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