そろそろ「地元にいい店がない」って言うのやめません? 石神井公園「和風スナック とき」 (パリッコ 『酒場っ子』より)
そろそろ「地元にいい店がない」って言うのやめません?
石神井公園「和風スナック とき」
パリッコ『酒場っ子』(スタンド・ブックス)292p~304p
「うちの地元、ぜんぜんいい店ないんだよね~」
って、つい言っちゃってませんか?
広い日本、マジで駅前に一軒の飲食店もない街にお住まいの方もたくさんいらっしゃるでしょう。だとしたらすみません。が、今はそういう話をしてるんじゃないんです。
例えば東京なら、新宿、渋谷、池袋、みたいな派手な都市ではなく、私鉄沿線のそんなにメジャーじゃない街に住んでいるような人が、地元に対して若干自虐的に発する「いい店ない」宣言。これ、自分もそうなので気持ちはわかるんだけど、言えば言うほど、どんどん人生つまんなくなっちゃうと思うんです。
「だけど本当にないんだもん!」という方もいらっしゃるでしょう。僕も物知りなほうじゃありません。広い日本、マジで悪質なぼったくり店しか存在しない街がどこかにあるのかもしれない。が、最初からそんな風に思い込んで「ちゃんと探してない」というパターンのほうが多いんじゃないかなって。どんな街にも、自分の気に入る酒場のひとつやふたつは必ずある。そう信じて、積極的に地元を楽しんだ方が、豊かな人生を送れそうじゃないですか?
例えば僕の住む「石神井公園」。西武池袋線という私鉄沿線の駅でして、人生で一度も降りたことないって方のほうが多いでしょう。「大きめの公園がある」という若干のアドバンテージはありますが、やっぱりどちらかといえばマイナーな街。
しかしながら、その周辺だけを見ても、心から大好きなお店がたくさんあります。思いつくままに挙げていってみましょうか。
まず、僕のホームともいえる「伊勢屋鈴木商店」。南口の商店街にある酒屋さんで、店頭にテーブルとベンチが常設されていて、そこで店内で買ったお酒を飲める、いわゆる「角打ち」店。
寡黙なご主人と、美人でお話好きのあけみさんのご夫婦で営まれており、角打ちといってもハードコアな感じじゃなくて、むしろカフェっぽくすらある明るい雰囲気。品揃えにも相当なこだわりがあり、練馬区産のブルーベリーを使った「ネリマーレンブルーベリーブロイ」や、樽で仕入れる季節がわりの海外ビールなど、貴重な生ビールがいただけるのも特徴です。
常連さんも気のいい人たちばかり。「小俣商店」の小俣さんをはじめ、ここでの出会いも数知れず。もちろん一見さんも超ウェルカムなので、お近くにお越しの際はぜひ、気軽に立ち寄ってみてくださいね。
どんどんいきましょう。「石神井の奇跡」ともいえるのが、昔ながらの大衆食堂、「ほかり食堂」と「辰巳軒」。どちらも歴史は長く、勝手に「日本酒場文化遺産」に認定したい渋いお店です。かつて近所にあった檀一雄邸に、坂口安吾氏が居候をしていた際「出前にライスカレーを100人前とろう」ということになって(いかにも遊び心のある文化人らしいですね)、この2軒からカレーが運ばれた、なんてエピソードも残っているほど。
ほかり食堂は、冷蔵庫から瓶ビールや缶チューハイを自分でとってくるスタイルが嬉しく、世にも珍しい、うま煮風の「肉豆腐」が絶品。小上がりの座敷の居心地なんて、ほとんど実家の居間です。一方の辰巳軒は、中華も洋食も出す昔ながらのレストランなんですが、特に揚げ物の腕が一流。中でも「ハムカツ」は、たっぷりのポテトサラダを包んで揚げるオリジナル!
昼間から飲めて異常にリーズナブルなので、ついついふらりと寄ってしまうのが、本場系中華の「玉仙楼」。たった210円の「唐揚げ」、メニュー写真だと5つくらいなのに、実際にはその倍は出てくるという、もはや「逆ぼったくり」な優良店です。
同様にうまくて安い本場系中華として、480円で「台湾ラーメン」が食べられる「福龍園」に、夏場の「冷し刀削麺」がたまらない「長安ぴかいち」。
加えて、昔ながらの中華食堂「ラーメンHOUSE たなか」に、最近お隣の大泉学園から移転してきた気鋭の新店「Ron Fan」まで加わり、中華料理のみに限っても迷いたい放題です。
焼鳥屋ならば「ゆたか」の安定感がすさまじい。古き良き大衆酒場のお手本のようなお店ながら、途中にピーマンをひときれ巻きつけるように挟み込んだ「鳥皮」の丁寧な仕事には、涙がこぼれます。
さらなる情緒を感じたいならば「家路」。カウンター数席のみの小さなお店で、「よくぞ今まで残っていてくれました!」としかいえないノスタルジックな風情は感動的。
「スマイリー城」は、テーブル席に炭火がセットされており、焼鳥を自分で焼ける地元の名物店。ただし、真の名物はキャラの濃い大将で、このお店でのおもしろエピソードを挙げだすとキリがないんですが、先を急ぐのでまた別の機会に。
長らくやきとん不毛の地だった石神井に希望の光をもたらしたのが、静岡・清水風の「もつカレー串」も食べられる「やきとん那辺屋」と、「加賀屋」で修業されたご主人が腕をふるう「加賀山」。どちらも近年オープンした新店で、特に加賀山の「シロ」には、「ついに石神井でもこんなにうまいシロが食べられる時代が到来したんだな……」と感動させられました。
オーソドックスな居酒屋にも良店多数。
民家のような座敷が楽しい「天盃」に、「石神井で一番ホッピーのナカが濃い」説濃厚な「やぎちゃん」。数年前、経験ゼロ状態のご夫婦がオープンさせた「とおるちゃん」の日進月歩もすさまじく、地元での愛されっぷりが大変なことになってます。駅からは少し外れた街道沿いにある「呑み処 あかり」は、優しいママが営む、ほっと心落ち着く一軒。
ちょっと背伸びをして美味しいものをいただきたいなら、居酒屋というよりは「割烹」に寄りますが、「海音」が間違いないでしょう。
ディープ方面がお好みならば、「波穂」。商店街の旦那連中が、連日カラオケで大盛り上がりするカオスな雰囲気ですが、それを仕切る女将さんの佇まいと、気の利いたおつまみのラインナップが素晴らしい。
若い勢いを感じさせてくれるお店もあります。いわゆる「ネオ大衆酒場」的な「くうのむ ちゃのま」は、店主の実家がとんかつ屋さんだったそうで「とんかつ」が絶品。自主企画のライブを開催したり、地元の若者主催のDJイベントに場所を提供したりもする懐の深いお店「クラクラ」なんて、代官山にあっても確実に人気店になるレベルのおしゃれさ。ワインに合う気の利きすぎた料理も揃っていながら、しっかりと練馬価格なのが嬉しすぎます。
バーもちらほら。カジュアルな雰囲気で本格的なウイスキーが楽しめるのは「スプラウト」。ピアノの生演奏が聴ける「ビストロ・ド・シティ」は、若かりし頃の小林旭が隣で飲んでいてもおかしくないような、昭和ゴージャス空間が圧倒的です。
しっかりとした食事メインで飲みたい日、寿司だったら駅前の「寿し処 さつき」が定番。回らない正統派のお寿司屋さんでありながら、にぎり一貫50円~という、地元民にとってありがたすぎるお店です。
さぬきうどんの「うたた寝」では、うどんは締めと考え、まずはセルフで選べる「おでん」で飲むのが楽しい。
こちらは夕方前までの営業になってしまうんですが、「むさしの エン座」のうどんも素晴らしすぎる。もとは別の場所にあった小さな個人店だったのですが、あまりの人気ゆえ、石神井公園に隣接する「ふるさと文化館」が2010年にオープンする際、その1階にどーんと移転されました。「武蔵野うどん」とはいうののの、ガチガチ系ではなく、ふわっとなめらかな麺が究極に優しい。個人的おすすめは「焼豚うどん」の冷やで、滋味深いスープにギュッと旨味が濃縮された焼き豚が数枚。途中で卓上の特製薬味を加えると、刺激的な辛味が加わってどこかラーメン風に変化することから、通称「ラどん」とも呼ばれています。おつまみも豊富で、練馬産の野菜を使った「地野菜かき揚げ」なんて、200円とは思えないボリューム。地酒や地ビールの品揃えにも力を入れており、大きな窓の外の公園を眺めながらここで一杯やる時間は、かなりの贅沢といえます。
家庭的イタリアンの「イル・ポンテ」は、記念日などの節目に夫婦で訪れては、必ず幸せな気持ちになって帰る名店。なので、できればあんまり流行ってほしくないくらいなんですが、いつ行ったって、そりゃあ大にぎわいです。これでもか! ってくらいチーズたっぷりの「ミックスピッツァ」に「ラザニア」。それから、2色の手打ちパスタにグリーンピースとハム、さらに生クリームが加わる「パリア・エ・フィエーノ」など、どれも思い出すだけで顔がゆるむ美味しさ。
ここらで気分を変えてエスニックなんてどうでしょう。実は僕、近年「インドやネパールなどから来日して飲食店を経営している方々が、徐々に気づき始めている」という持論を持っているんです。何に気づいたかって? 「自分たちの店の酒の値段が、日本の居酒屋に比べてずいぶんと高かった」ということにですよ。そして、そういうお店が本気を出すと強い! というわけで昨今、やたらと、「大衆価格で飲めるエスニック店」が増えている気がするんですよね。
駅前の「リアル」、商店街を少し行った「シルザナ」、さらにその先、駅から少し離れる「ススマ」、どこも自国のビールやワインの他に、サワーやウーロンハイなどを出しており、しかもそこらの激安大衆酒場に負けない安さ。気軽につまめる小皿料理も豊富で、どこもうまいんだから困っちゃいます。
沖縄料理はどうか? これまたなぜか充実してるんですよね。チェーン系の「海人」があるだけでもありがたいんですが、外観だけなら現地のネイティブ店にしか見えない「みやこ」に、僕が石神井で、ジャンル分けを抜きにしても一番好きな酒場かもしれない「みさき」と、合わせて3店舗もあります。
みやこは「宮古そば」や「軟骨ソーキ」なんかのオーソドックスメニューが揃っていて、夏場、扉を開け放った店内で飲み食いしていると、まるっきり沖縄にいる気分。
みさきの定番は、モチモチの「アーサー天ぷら」、ホクホクの「マグロの天ぷら」、肉厚の身をカリッと香ばしく揚げた「グルクンの唐揚げ」、ダシの旨みが染み込んだ「フーチャンプルー」……好きなものだらけできりがないですが、離島「伊是名島」出身、下ネタちょい多めの「りえこママ」を中心に、明るい女性スタッフのみなさんで営む家庭的な雰囲気こそが、最高に癒される理由でしょう。
なんと、僕が勝手に定義するところの「天国酒場」もあります。東西に長い石神井公園を散歩しているとやがて見えてくる、都内とは思えないほど自然豊かな「三宝寺池」。そのほとりに「T島屋」という茶屋が。口コミサイト普及の影響により、店内での写真撮影や取材が一切NGになってしまったので、念のため店名を伏せますが、ここがもう、まるっきり時代劇に出てくる「峠の茶屋」のような雰囲気。戸を全開にした畳敷きの大広間で、「味噌おでん」やスナック菓子をつまみに缶ビール。お腹に余裕があれば、かの名作漫画『孤独のグルメ』(原作・久住昌之/作画・谷口ジロー、一九九七年)で、主人公の井之頭五郎が堪能した「カレー丼」を食べるのもいいでしょう。となると、ワンカップも追加しちゃおうかな。
……ここまで挙げたの、あくまで「個人的に好きなお店」であって、飲食店自体はまだまだあります。そう、いくら地味なイメージの街にも、実は驚くほどさまざまなお店があり、自分にとっての心のオアシスがきっと見つかるはずなんです。もしもこれまで、「地元にはいいお店がない」なんて思い込んでいた方、まずはいつも素通りしていた赤ちょうちんに、ふらりと吸い寄せられてみてはいかがでしょう?
最後に、石神井について書いておいて、ここに触れないわけにはいかない一軒をご紹介します。
約10年前にこの街に住み始めてからすぐ、そのインパクトに目を奪われ、ずっと気になっていた「和風スナック とき」。
まず店名の「和風スナック」からしてわからないし、看板の筆文字「自家製ピザパイ お土産承ります」がさらに混乱を招く。「どんなとこなんだろう?」と思いつつ、他にも気になるお店が山ほどあるので、しばらくは前を素通りしていたんですが、2、3年くらい経ったある時、腹具合や時間帯などのちょうど良いタイミングがやってきて、お店に飛び込んでみたんです。
……衝撃でしたね。ぱっと見はごくオーソドックスな昔ながらのスナック。しかしカウンターの中にいるのは、白シャツにピシッと蝶ネクタイを締めた、にこやかで恰幅のいいマスター。よくよく観察すると店内のあちこちに、欧米の風を感じさせるようなオブジェが。
実はマスターの時澤勝之助さん、昭和31年に働き始めてから15年間、米軍関連の施設でコックをやっていたという経歴の持ち主で、基礎となっているのが、本場仕込みのアメリカ料理というわけ。
いつも楽しそうにお客さんとおしゃべりしながら、流れるように美しい動きで仕事をこなす姿が、本当に魅力的。「鳥唐揚げ」「ベーコンエッグ」「冷奴」「お新香」なんて定番は揃っているんですが、本領を発揮するのが「ピザパイ」に「グラタン」。かつて日本で、今でいうピザのことをそう呼んでいた時代があったそうで、チーズたっぷり具沢山、どこか懐かしい熱々のピザパイも、皿から溢れ出る勢いのグラタンも、アメリカの子供たちが想像するごちそうをそのまま具現化したような一品です。
僕はマスターの口癖が大好きで、常に「美味しそう~!」と言いながら料理を作られ、お客さんに出す時は「はい、美味しいよ~!」と。御年80歳をすぎてもこんな姿勢で仕事ができている人、この世にどのくらいいるだろうかと、飲みながらいつも感動します。
さらに時間が深まれば、マスターの実娘、マサヨさんを始めとする3人の看板娘たちがご出勤。お年のため夜の9時には帰られてしまうマスターに代わってお店を仕切り始めれば、そこは陽気なガールズバーに早変わり!
この楽園のような楽しさを味わい、もっと早く来なかったことを後悔しつつ、ちょくちょくと通うようになり、時には、取材をお願いして、じっくりとマスターの人生についてお話を伺ったこともありました。
そんなマスターの訃報を聞いたのは、2017年末。
最後にマスターとお会いしたのは、その数ヶ月前でした。お店に伺い、いつもと変わらぬ元気な様子にすっかり心癒されたこともあって、とても信じられるわけがない。が、地元で知り合った飲み友達からの情報を確認するに、どうやら事実らしい。
マスターがご存命の「とき」で飲んだ最後の夜は、妻が妊娠中で、僕がひとりで伺った時。いつも通りテレビを見ながら世間話をさせてもらっていると、妻の妊娠の話になり、それを聞いたマスターは「それは良かったね~! そうだ、『ピザパイ』作ってあげるから、食べさせてあげて。おいマサヨ、持ち帰り皿ひとつ!」と、恐縮する間もなくお土産をいただいてしまいました。
妻もマスターのピザパイは大好物。持って帰ると「美味しい美味しい」と食べてくれ、夫婦で「ありがたいね」と感謝したことをよく覚えています。
その後、無事に生まれてきてくれた娘を見ていると、ふいに、「お前にはときのマスターの想いがきっちりと受け継がれている。きっと何があっても大丈夫」なんて、根拠はないけど間違いないであろう、お酒が運んでくれた運命のようなものを感じることがあります。
それから少しして、マスターの信念と味を受け継ぐマサヨさんと看板娘のみなさんによって、ときの営業は再開しました。相変わらずにぎやかで、店員さんと常連さんが垣根なく大笑いしているその場にいると、きっとマスターもどこかからこの様子を見て、安心してくれてるんじゃないかな、なんて、勝手な思いが込み上げてきて、ついついまたお酒が進んでしまうんですよね。
酒場っ子メモ この本の出版元である「スタンド・ブックス」、実は「とき」のすぐご近所にあります。そんなところにも、酒場の神様の遊び心を感じますよね。
パリッコ『酒場っ子』(スタンド・ブックス)292p~304p
「そろそろ「地元にいい店がない」って言うのやめません?
石神井公園「和風スナック とき」」を転載