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スズキナオ力(りょく)  パリッコ

 ナオさんが家庭の事情で大阪に引っ越してから、もう5年になる。

 当時はお互い、東京で会社勤めをしていた。現在、一緒に酒を飲むだけのユニット「酒の穴」なんてのをやってるくらいだから、気軽に「今日どうですか?」とか連絡を取り合って、よく仕事終わりに飲んでいた。ナオさんの実家は日本橋の呉服問屋で、生粋の東京っ子。引っ越しの話を聞いてもどこか現実味がなかったのだけれど、ナオさんはあっという間に大阪在住者になってしまった。

 僕はその頃、大阪にあまりいいイメージを持っていなかった。ずっと前に大阪へ行った時、ふと道を聞いた若者が目的地とは真逆を指して「あっちやで」と言ったから、よけいにめちゃくちゃ迷った。今では勘違いだったと信じているが、勝手のわからない街での出来事に「意地悪された」と思った。
そもそも、大阪の酒場で標準語など使おうものなら、あっちでいう「関東炊き」、つまりおでんを「気取りよってからに!」と頭からぶっかけられるんじゃないかと、無駄に怯えていた。しかし、引越しから数か月して、ナオさんから、「パリッコさん、大阪の街、特に下町のほうは、どこものんびりしていてあったかいですよ」と連絡をもらった。ナオさんがそんなふうに言うならと急に興味が湧いてきて、飲みに行った。

 ナオさんの地元の天満や京橋辺りでたっぷりと飲んだくれて思い知ったのは、大阪の酒飲みのよそ者を邪険にしない優しさ。
 そして、決してタチの悪い絡み方などしてこない、粋さ。
 イメージが180度変わり、それ以来ちょくちょく関西方面に飲みに行かせてもらっている。
 お互いにフリーライターとなった今、それぞれが東京の人、大阪の人、というよりは、ひっくるめて日本のどこか、いや、地球のどこかにいる人、というような感じで、ずいぶん自由になったなぁと思う。

 それにしてもナオさんは、羨ましさで悶絶しそうになるほど、常に全国各地を飛び回っている。
 常日頃から「いや〜金がなくて」なんて言っているが、初の単著『深夜高速バスに100回くらい乗ってわかったこと』のタイトルにもある通り、各種の格安交通手段を駆使し、「日本? まぁ庭だけど」とでもいうように、軽々とどこにでも出没する。
 この本にも、そんな気ままな旅行記がたくさん綴られている。
 それを読んで毎度驚かされるのは、まるで自分が知っている日本ではなく、どこか異世界、または別の時代の光景のような、生き生きとした街、店、人々の姿だ。これは、便利な最短手段を使って、観光名所や名物料理を求めて旅をする人には決して出会えないものなんじゃないかと思う。
 「明石にたこせんを食べに行く、目的はそれだけ。そんな日が人生に一日ぐらいあってもいいかもしれないな」と出かけてゆき、「目的地まで移動してる時というのは、人間にとって一番の〝許された時間〞なんじゃないか」と、道中すべてを受けとめ、楽しめるナオさんだからこそ、ゆく先々で宝物のような奇跡が起こるのだと思う。
 だってだ。いい食堂があるらしいと三重県の離島に出かけてゆき、まずお参りした神社で、そこの手入れをしている男性から偶然に「梛(なぎ)の木の葉」をもらう。地元で航海の無事を祈る意味のあるその葉には、「波が穏やかなこと。いい日のこと」という意味も含まれている。その葉っぱを持って1日過ごす。そんなおとぎ話みたいなことが、自分の身に起こりますか? 普通。

 本書に詰め込まれているのは、ナオさんが丁寧に丁寧に取材した、たとえ一般的な価値観とは違っても自分らしく生き、そして輝くような幸せを手に入れている人々の生活だ。
 こんなにも美しくそれを拾い集められる人は、僕の知る限りナオさんしかいないし、ナオさんこそが、「幸せとは何か」の真理にもっとも近い人間なのでは? とすら思う。

 これからの時代に必要なのは、「スズキナオ力(りょく)」に違いない。


(スズキナオ『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』一部店舗購入限定特典ペーパーより転載)

パリッコ
1978年東京生まれ。酒場ライター、DJ/トラックメイカー、漫画家/イラストレーター、他。酒好きが高じ、2000年代後半よりお酒と酒場関連の記事の執筆を始める。雑誌でのコラムや漫画連載、WEBサイトへの寄稿も多数。
著書に『酒場っ子』『晩酌百景』『ほろ酔い! 物産館ツアーズ』『つつまし酒』。スズキナオとの共著に『酒の穴』、『椅子さえあればどこでも酒場――チェアリング入門』『“よむ”お酒』など。






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