〈まえがき〉公開 『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』(スズキナオ著)
2021年12月発売、スズキナオ『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』より、「まえがき」を公開します。
まえがき
私の最初の著書『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』がスタンド・ブックスから刊行されたのは2019年11月のことだった。続編にあたる本書に収めた文章の多くは、その後に私がいくつかのWEBメディアに向けて執筆したものや2019年以前に執筆していたもののなかから厳選したものである。
つまり、2020年初頭から世界中に広まりはじめた新型コロナウイルスによって生活様式が一変する以前の文章と、それ以降の文章が1冊の中に混在しているわけである。
通して読み直してみると、なんの不安も感じずに旅行に出かけ、居酒屋に飲みに行くことができた頃のことを思い出して懐かしい気もするが、しかし同時に、コロナ以前・以降とで自分のしていることがそれほど変わっていないことにも気づく。
気の向くままに散歩しては目についた店に入ってひと休みしたり、相手が許してくれる場合はその人の話をじっくりと聞かせてもらったり、どんなこどにでもノリノリでつき合ってくれる友人たちと穏やかな時間を過ごしたり、そんなことを繰り返して日々を過ごしてきた。
本書のタイトルの元になった記事が掲載された「遅く起きた日曜日に」という連載は、WEBメディア『QJWeb クイック・ジャパン ウェブ」で2020年の3月から1年ほどにわたってつづいた。ほぼ丸ごとコロナ禍と時期が重なったが、連載をはじめるにあたって考えた「休日の昼下がりからでも味わえるようなちょっとした楽しみについて書く」というコンセプトはほとんど影響を受けることがなかった。むしろコロナ禍だからこそ、今まで以上に自分の住まいの近所に目を向ける機会を得たような気がした。
おかげで普段、何も考えずに通り過ぎてきた近所の喫茶店や食堂の扉の向こうに自分の知らなかった空間と時間があるという、そんな当然のことを改めて知った。そして、”近所”と簡単な言葉で指し示してしまう範囲に限っても、私が一生かけたところで到底知り尽くすことのできない広がりがあることも痛感した。
これからの世の中がどうなっていくのか、この文章を書いている今、まだまだ見通すことはできない状況だ。しかし、新型コロナウイルスによって、あるいはその他の何かによって私たちの生活がどんな制限を受けようと、自分の近くにあるものにじっくりと目を向ければ見出せる楽しみがある。本書を読んで、そんなことをほんの少しでも感じていただけたら、それ以上に嬉しいことはないと思う。