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寺尾紗穂「天使日記」より③

寺尾紗穂さんの最新エッセイ集『天使日記』(スタンド・ブックス/2021年)が、前作『彗星の孤独』とともに電子書籍化されました。

電子書籍発売を記念し、本書に収録されている表題エッセイ「天使日記」(p63~p118)より、序盤(~p79)を5回に分けて転載します。

第3回は「2017年4月13日」(p71~p73)です。
第1回 / 第2回  はこちら)
 

寺尾紗穂『天使日記』収録「天使日記」より一部転載

2017年4月13日

 ゆいときぬで校門を出ると天使が待っていてくれて、途中まで一緒に帰ってきたという。ゆいはこの日も手だけ見えたという。きぬ曰く、「歩いているのであまり落ち着いて話せなかった」らしいが、天使は天使ミカエルの下で修行をしているそうだ。途中で「神様が呼んでる」と言っていなくなったという。

 サタンは大きくよろめき、十歩ほど後へ退いた。十歩目に膝を屈し、辛うじて持っていた巨大な槍で身を支えた。その有様は、この地球上で、横ざまに噴出した地下の突風や洪水のために、山がその松林もろとも麓から吹き飛ばされ、半ば地面に埋まってしまうのに似ていた。叛逆の天使らは全員これを見て愕然とした。だが、それ以上に、彼らを憤然とさせたのは、味方の中でも最強の戦士がかくも無残に敗れるのを見たことであった。われわれの陣営は欣喜雀躍し、勝利はわが手中にありといわんばかりの喊声をあげ、激しい闘志を示した。この状況を見ていたミカエルは、大天使に命じ喇叭を吹かせた。喇叭の音は広大な天の隅々にまで鳴り響き、神に忠誠を誓うわが方の大軍勢は、いと高き神に向かって『ホサナ』と繰り返し叫んだ。

(ミルトン『失楽園』)

 ホサナとは、「主に栄光あれ」という意味らしい。悪魔と天使の戦いの場面だ。しかし、ここで描かれる悪魔とその軍勢というのは実はみんな元天使なのだ。サタンはもとはルシフェルとかルシファーと呼ばれる光り輝く天使だった。その特別さは、明けの明星、金星の輝きにたとえられるほどで、「光に充ちたあの幸福な天国で赫々たる光輝に包まれ、夥しい輝ける天使の群れを凌いでいた」と形容されるほどの大天使だった。けれど、キリストへの嫉妬から反旗を翻し、大勢の堕天使の軍勢を率いて「善き天使」の軍勢と戦っているのが上の場面である。「ミカエル」は「神のごとき者」を意味し、キリスト教の伝承の多くで最も偉大な天使とされている。『失楽園』にはウリエル、ガブリエル、ラファエル、アブデルなどの天使が登場するが、サタンとの最初のこの戦いでいちばんの活躍をするのはミカエルだ。絵画では、鞘から抜いた剣を持つ姿で描かれることが多い。

 そんなすごい天使の下で修行をしていることも驚きだが、天使にも修行があるということも驚きだ。楽園に住んでばたばた飛んでいるだけのようなイメージばかりだったが、どこの世界も甘くないようだ。
 神様に呼ばれていなくなったあと、この日は午後、再び天使に会えたという。天使曰く、習い事のような感覚で、ミカエルのもとで飛ぶ練習をしており、初級の一級に受かったという。今日はぺんぺん草のような花の髪飾りだったそうだ。急に庶民的な感じではあるが、やはり毎日髪飾りの花を付け替えるこだわりがあるようだ。

寺尾紗穂『天使日記』(スタンド・ブックス)収録、「天使日記」より一部転載(p71~p73)。

寺尾紗穂『天使日記』より④ につづく

寺尾紗穂『天使日記』
発行:スタンド・ブックス
2021年12月23日発売 
ISBN:978-4-909048-13-4 C0095
本体2,200円(税込2,420円)
四六判上製 320ページ


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