見出し画像

「おこしが欲しい」


施設にいる母から諫早の杉谷おこしが
食べたいから送ってほしいと
電話が入る。
毎回同じく
諫早の杉谷おこしと
リクエストの電話が入る



母 女学校時代(真ん中) 戦時中


ところが同時期に
妹が東京土産に買ってきた
雷おこしは歯が悪いから
あまりいらないと言ったそうだ。
それで妹からおこしは
食べ切れないので
送っても食べないかもしれないよと
アドバイスがあった。
しかしすでに買ってしまったし
送って食べなかったら
妹たちで分けたらいいと思い
送ることに。

電話したら歯が悪いという母が
美味しく食べてるようで
喜んでいる。

はて?

話している内にその謎が解けてきた
写真の佐世保での女学校時代
時は戦争真っ只中
友達のお父さんがトラックの荷台に
このメンバーを乗せ
雲仙まで遊びに連れて行って
くれたことがあったそうだ。


母と女学校時代の友 友達の家の写真感にて


道も悪く荷台に結び付けられたロープを
握りしめ何時間も揺られながら。

着いたときには
腰も痛くて大変疲れたと話してた。

その雲仙からの帰り道
諫早の杉谷本舗に立ち寄り
みんなでおこしを買ったそうだ。

母はお小遣いをあまり持っておらず
少しだけ買って大切に食べたそうだ
あの黒(糖)おこしが美味しく
今でもそれが忘れられないそうだ。

そんな思い出とおこしの味
食感が今も懐かしいのだろう。
きっとこの味で当時のことが
懐かしく思い出されるのではと
思う。

先月6月28日は
佐世保大空襲の日

攻撃され燃え盛る火の中を
みんなで逃げ回ったとよく今も話す。
そのふた月もしない内に
長崎市に原子爆弾投下。
終戦。

叔父他界、父被爆
母の1枚の写真

懐かしいおこしの味
写真は友達のお父さんが
写真館をしていて
写してくれたものだそうです。

いいなと思ったら応援しよう!