よくわかる均衡理論の歴史(5):厚生経済学の基本定理

 なんとか続ける気になったので続けます。前回はこちら。

 今回はいわゆる厚生経済学の基本定理について。つっても、証明されたのは1950年代だよ、という話はまあだいたいみんなわかるとして、学説史的背景と歴史的背景について語るのが今回の目的。
 まず、ワルラスは理論の内部で「効用」を使って、それを使って需要関数を出す作業をした。しかしこの「効用」という言葉は、ワルラスより数十年前にベンサムというイギリスの学者が提案していた言葉で、その意味は「人々の幸福度」だった。ベンサムはこの幸福度の合計が高い社会がよりよい社会だと主張し、その主張は功利主義と呼ばれている。(なお、功利主義は英語でUtilitarianismなので、実は「効用(utility)」という訳語を使うなら効用主義と訳すべきだと思う)
 でもワルラスの効用って、ただ単に需要関数出すための装置なんすよね。だからこの効用とは本来、まったく関係がなかった。そこでワルラスの後継者、特に最初の後継者たるパレートは、まずこの効用がベンサムの効用と違うものだということを議論することにものすごく時間を費やした。具体的に言うと、彼はまず「効用」という言葉を一切使わず、「オフェリミテ」とかいう名前の(イタリア語の)へんな言葉で呼んだ。次にその「オフェリミテ」を使って、経済の状態が良くなることを示す半順序を作った。これが後の世に言うパレート順序で、この順序の極大元を現代ではパレート最適な点と呼ぶわけだ。
 パレートの本が出たのは1906年……だったかな……たぶん。で、この時点ではベンサムの和にあんまりみんな不満を抱いていなかったので、パレートの考え方はそれほど重視されていなかった気がする。それがピックアップされていくのは、1930年代ごろ、新厚生経済学という名前で、ベンサム和を理論の内部から追い出そうとするグループが経済学のイニシアチブをにぎった頃になる。彼らはベンサム和に依らない経済の望ましさの尺度を議論していたが、その結果、パレート順序と、それを利用したさまざまな改善の基準に行き着くわけだ。
 と、ここまでが学説史上、パレート順序が重視されるようになった理由。実はもうひとつ、大きな出来事があって、それが冷戦の開始である。第二次世界大戦以後、世界ではアメリカとソ連という二大国が支配権を巡ってバチバチやる世界になった。あらゆるものがこのバチバチに巻き込まれ、それは学者たちも例外ではなかった。アメリカは自由市場主義、ソビエトは計画経済を採用していたので、経済学者のもっぱらの関心は「計画経済と自由市場はどちらが優れているか」に集中した。
 冷戦開始当初は、ソビエトの統計(これはかなり改ざんがあったようだが)はソ連が非常にうまく経済を運営できていることを示していた。そこで経済学者たちは、計画経済というのはどうやらかなりうまいシステムらしいと考えた。そこで、彼らはまず「理想的な計画経済」を考えた。完全に倫理的な独裁者が支配して、あらゆる知識を総動員して理想的な経済を計画する経済を考えると、そこで出てくる分配は、少なくともパレート最適にはなるように思われた。だから経済学者は問いをふたつ立てた。第一に、自由市場の帰結はパレート最適なのだろうか。第二に、パレート最適な点で自由市場で達成できない点はないのだろうか。
 厚生経済学の第一基本定理は第一の疑問に答え、均衡配分がパレート最適であることを主張する。厚生経済学の第二基本定理は第二の疑問に答え、狙ったパレート最適の点を、適切な政府の所得再分配の下で均衡配分として実現できることを主張する。したがって、これらの基本定理の下で、「理想的な自由市場は、理想的な計画経済と変わらない」ということが示せたのである。
 じゃあ理想的でない現実のはどうなんだよ、という点については、まあこれもいろいろ論文があるのだが、どちらにせよこれはもう古い論点である。なにしろ、計画経済を厳密に実行していると言える国は、2020年時点でもうほぼ世界の中に存在しないのだから。もちろん、いまでもまったく価値がなくなったわけではないが、たとえば第二基本定理を見ても、「適切な所得再分配」をするためには政府に無限の調査能力が必要となり、それは普通あり得ないので、実用上はあまり意味がない。
 ところで、次回はコアの話をする予定なのだが、ここでひとつ興味深い話がある。というのも、コア配分は普通、パレート最適である。そしてエッジワースが、20世紀初頭には、均衡配分がコア配分になることを証明している。じゃあ実は厚生経済学の第一基本定理、この時点で実質的に示されてるんじゃないの? という。
 この見方は面白いのだが、ちょっと確認が難しい点がある。それも含めて、次回。みんながあんまり重視してないけど超重要な、コアと均衡の極限定理の話をするよ!

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