常微分方程式の解の存在定理について(3)

 はい、もうだいたいの読者がうんざりしてると思うけどこれの続きだよ。

 まだなんかあるのか、と思ったあなたは正しい。本当は細かいところしか残っていないのだが、前回の記事「だけ」見た数学的にそこそこ素養のある人が常微分方程式について理解できるかというと、ギャップがまだけっこうあるんよ。今回はそれについて書く。
 まず、前回常微分方程式を以下のように書いた。

(1)     y'(x)=f(x,y(x)),  y(x_0)=y_0

 では、この形だけが常微分方程式か? というと、もちろん違う。この常微分方程式は「正規形」の「初期値問題」の形をしている。世の中には「境界値問題」とかべつの形の制約つき常微分方程式の問題があるし、「正規形」でない場合も多い。この形「でない」常微分方程式の例としては、たとえばこんなのがある。

ρy(x)=sup{(f(x)-z)y'(x)+u(z)|z≧0}

 これは経済学における連続時間型ラムゼイ型資本蓄積モデルに付随するハミルトン=ヤコビ方程式なんだけど、変なfとuを持ってくるとすぐ解がなくなったり、無限個の解がでてきたりして、素性が悪い。たとえばf(x)=xでu(z)=zだったりしたとき、ρ=1だとy(x)=ax(ただしaは1以上)という関数は全部この方程式の解。逆にρ=2だと、この方程式には古典解はない。粘性解も調べてみたけどないんじゃねーかな……少なくともラムゼイモデルの価値関数は有限な凹増加関数で、これが粘性解でないことはすぐ示せる。
 正規形でない常微分方程式が多いなら、なんで正規形やるの? ということだが、かなり多くの方程式は正規形に直せる。たとえば経済学で「相対的危険回避度が一定の関数」と言われる関数は、以下の条件を満たす関数だ。

-x(y''(x)/y'(x))=a

 これは、次の形で正規形の微分方程式に書き直せる。

y_1'(x)=y_2(x),   y_2'(x)=ay_2(x)/x

 もちろんy_1(x)が本来求めたかったy(x)だ。後はこの微分方程式を解けばよいわけだが初期値が定まってないので、y_1(1)=0, y_2(1)=1とか定めると、有名なCRRA型効用関数の形が出てくる。
 一般論として、

y^{(n)}(x)=F(y^{(n-1)}(x),...,y'(x),y(x),x)

と書かれているタイプの微分方程式は、上と類似のやり方で全部正規形の一階常微分方程式にできる。ハミルトン=ヤコビ方程式はこの形すらしてないから頭抱えるのだが、ともかく最高階について線形な形で方程式が書かれていれば正規形にできるというのは大きなメリットだ。正規形を研究する理由たり得ると思う。
 え、偏微分方程式はどうだって?
 …………
 Dieudonneの本の10章に載ってるよ、正規形。そこ以外で見たことないけど。
 つまり偏微分方程式になると、たぶん正規形でない方程式の方が多いんだろうね……そのあたりが、常微分方程式とは根本的に違うところなんではないかな。そしてあの分野にきれいな教科書がない理由でもあるのだろうと思う。
 ……あっという間にこの長さになっちゃったよ。まだあとひとつ、積分評価式の話が残ってるのだけど、今日はここまで。この分野が嫌になるほど細かい知識の積み重ねだってこと、よくわかるね。

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