横浜スタジアムの食品店舗経営を,データと経営工学の知見から理系目線で分析してみた
こんにちは.スタジアムヲタクのモリチッチです.
以前横浜スタジアムでプロ野球の試合を観た際,名物のみかん氷を食べようと思い6回表終了後に並んだのですが,購入して席に戻ったころには7回の攻防が終わっており,「ずいぶん待ったな」と思った記憶があります.
その記憶は正しかったのかを,理系と経営工学の知見を使って定量的に見ていきたいと思います.そして,そのことを通して各地のスタジアムビジネスの現状を伺っていこうと思います.
【1】商品提供の所要時間に関する測定
食品店舗の例として横浜スタジアム内野にある「ベイメンチ」を用いて分析していきます.
2022/9/16の17:30(試合開始30分前),3回裏終了後,5回裏終了後の3回来店し,購入にかかる時間と並んでいた客の組数を測定しました.その結果が以下の表1の通りです.
3回の測定結果を平均すると,この食品店舗では一人当たり30秒かかっていると計算できます.他のスタジアムと比較すると,ZOZOマリンスタジアムが27秒,東京ドームが23秒であることから,やや時間がかかっていることが分かります.30秒という値が示唆する内容について詳しく見ていこうと思います.
【2】店舗の工程に関する測定
この食品店舗はでは主に「クラフトビール」,「ベイメンチ(メンチカツ)」,「みかん氷(かき氷)」が良く売れており,他の商品はほぼ注文されていなかったので,この3商品のみが売られていると仮定します.みかん氷はシロップのかかったかき氷の上に缶詰のみかんがのった,横浜スタジアムの名物の一つです.
店内図は列に並びながら確認した限りだと以下の図3のように書くことができます.
青い丸が人を表しており,確認できた限りだと7人のスタッフが働いていました.各スタッフの仕事内容は以下の通りだと推定できます.
①:氷を削る➡シロップをかける➡みかんをのせる➡③or受け渡し台まで運ぶ
②:ビールを注ぐ➡③or受け渡し台まで運ぶ
③:みかん氷やビールを①,②から受け取り,客に渡す.
④:持ち運び用のトレーを用意する.受け渡しの管理をする.
⑤,⑥:メンチカツにソースをつける➡紙に挟む➡ビニールに入れる➡受け渡し台に置く
⑦:注文を聞く➡注文内容を別のスタッフに伝える➡会計処理を行う
各食品の準備工程とそれに要する時間を測定した結果,以下の表2,3,4のようにまとめられます.ただし,ベイメンチは提供可能な状態で大量にストックされていたため,個数に関わらず受け渡しに3秒かかるのみとします.また,レジにかかる時間はばらつきが大きいにもかかわらず,2回しか測定されていないため,あくまで参考値であるといえます.
【3】店舗運営のシミュレーションと定量的評価
オペレーションのにおいて目視で以下のようなことは分かりました.
①ビール,みかん氷は2つまで運べる
②時間に余裕がある場合,みかんをのせる前のかき氷が3個ほどストックされている
③ベイメンチの人員は豊富なため,常にストックがある
④みかん氷,ビール,ベイメンチの製造,レジでの会計はすべて同時に行える
⑤作業が連続しているので,会計処理開始と同時に製造開始できるとみなす(図3で⑦のスタッフが注文内容を伝えるまでの時間,それに要する時間は0とみなす)
これらのもとで注文内容ごとのシミュレーションを行おうと思います.
(1)注文内容:クラフトビール1杯,ベイメンチ1個
この時,各オペレーションのスケジュールは以下の図4のようになります.
このとき,所要時間を短くするためには,まずレジの時間を削減することが必要になることが分かります.具体的にはレジの数を2倍にすれば,裁ける量が2倍になるので所要時間は半分の12.5秒になるとみなせます.また,完全キャッシュレス化をするなどといった案も考えられます.
(2)注文内容:みかん氷2個(みかん氷の注文が多くないとき)
このとき,氷のストックがあるので「氷を削る時間」は換算せずに所要時間を計算でき,以下の図5のようになります.
表1の結果をまとめた2022/9/16(18:00試合開始)は最高気温30.6度,最低気温20.8度であり,みかん氷の注文はあまり多くなく,このパターンであったといえます.
この図を参照すれば,レジの時間よりもみかん氷を用意する時間の方が長くなっていることが分かります.すなわち,所要時間削減のためにはみかん氷の時間を削減することが最優先になります.具体的には「みかんをのせる」時間を削減するために人員を2倍にしたり,みかんをのせやすいデザインに変更したりするなどといった案が挙げられます.また「運んで戻る」時間を削減するために配置を変える,通路を通りやすくする,トレーや台車を用いる(3つ以上同時に運ぶ場合に備える)といった案が挙げられます.
(3)注文内容:みかん氷2個(みかん氷の注文が多いとき)
夏場やデーゲーム時など,みかん氷の注文が多い時,かき氷のストックができないため,「氷を削る」工程を考慮に入れなければならず,各オペレーションは以下の図6の通りになります.
この図を見ればみかん氷を用意するのにかかる時間がレジにかかる時間を大きく上回っていることが分かります.横浜スタジアムは基本的に屋根のない屋外球場で,5月ごろから9月中旬ごろにかけて真夏日や猛暑日が続くことを考えると,みかん氷の需要はかなり高いことが見込まれます.このシミュレーション結果を見ると,みかん氷2個を生産するのにかかる時間が50.5秒であり,ZOZOマリンスタジアムや東京ドームでの食品の供給能力の半分程度であるといえます.
【4】ベイメンチへの提案
生産速度を向上させるために必要なことは最も時間のかかっている工程(ボトルネック)の時間を削減することであり,2番目や3番目に時間のかかっている工程の時間を削減するだけでは全体としての効果は得られません.今回の事例でいえば,ベイメンチの供給速度を落としてでも,みかん氷やクラフトビールの生産速度を速めるための施策が必要であるといえます.
具体案として設備,人員配置の見直しが必要だと思います.
以上の図7は店内図の推定ですが,赤く囲まれた部分が基本的に使用されていませんでした.おそらく「みかん氷」,「クラフトビール」,「ベイメンチ」以外の商品を製造するのに必要なスペースなのだと思います.お店のコンセプトなどを一切考慮していない私の立場からの意見としては,こうしたメニューを削減したり,配置を一番奥にしても良いかと思います.
図7において受け渡し口が右下にあるため,運搬の負担としては左上が最も大きく,右下が最も小さくなります.それにも関わらず,生産速度が最も速いベイメンチが右下に位置し,最も遅いみかん氷が左上に位置しています.これでは,商品の提供速度に差が生まれるばかりで,店としての供給能力は上がりません.ガスや電気の問題があるのかもしれませんが,それを満たしつつ配置を逆に近づけるような施策を行うべきだと感じました.
また,2022/5/14のデーゲームにこのお店を訪れた際,かなり多くの人がみかん氷を注文していましたが,かき氷機が稼働していない時間がありました.その原因としては,
①みかん氷を作る人が運搬も行っている
②1人で最初から最後まで作りきっている
ということが挙げられると思います.①の解決案としては,製造と運搬という役割を明確化するということ,②の解決案としては製造を細分化し,「氷を削る人」と「みかんをのせる人」の役割を明確化するなどの案が挙げられると思います.これにより,かき氷機,みかんをのせる器具が常に稼働している状態になり,供給能力が高まります.
【5】結論
現在の横浜スタジアムでは,食品を「作れば作るほど売れる」状態にあると感じました.これは需要が供給に対して非常に大きいためです.こうした現状を解決するためにも,学術的な視点からどの要素に問題があり,どういった措置が必要なのかを定量的に議論する必要があると思います.
私は理系学部で経営工学を学ぶ学部2年生ですが,横浜スタジアムに限らず日本のスタジアムにおいて,学術的な専門知識が投入されていない箇所があると思います.最近では,プロ野球でデータアナリストが活躍するなど,スポーツビジネスに幅広い技術者が参加し盛り上げています.こうした傾向はスタジアムにも起こるべきで,様々な専門家を巻き込んで定量的にシステムを極めていく循環を作ることが必要ではないかと思います.
「スポーツビジネスをスタジアムから切り込む」をコンセプトに,理系視点,かつ経営工学の知見を用いながら定量的にスタジアムを議論する活動を行っています.その成果をYouTube,Twitterで共有しているので,ぜひそちらもご覧ください.最後まで読んでいただきありがとうございました.