新入社員は、社長令嬢
数ヶ月前、○○は上司に辞表を提出した。
部長:一体、どういうつもりだ…?
○○:どういう…そのままです。この会社を辞めようかなと。
部長:…なぜだ?
○○:思い描いていたものと違うといいますか…何のためにこの仕事をしているのか…よくわからなくて。
○○の言葉に、上司は はぁ…とため息をつく。
部長:○○君は…大学を卒業して今何年目だ?
○○:3年目です。
部長:そうだろう。君はまだ若い。若くて何もわかっちゃいない。もう少し、ここで粘ってみたほうがいいんじゃないか?
○○:…。
部長:それに…考えてもみろ。
部長:新卒で採った社員に3年で辞められたとなれば…俺のメンツが立たんだろう。
○○:…。
部長:…そういうことだ。これは受け取れん。
○○が書いた辞表は、上司の手で真っ二つに破かれるのだった。
――――――――――
それから月日は流れ、年度末。
部長:○○、ちょっといいか。
○○:はい…?
上司に連れられ、人気のない部屋へ。
○○:あの…何でしょうか。
部長:実はな…4月から、うちの部署に新入社員が入ることになった。
○○:…はい。
部長:それがな…社長の娘さんなんだ。
○○:つまり…社長令嬢ということですか。
部長:そういうことだ。
○○:それを…なぜ僕に?
部長:うちの会社では、新入社員には1人1人に先輩社員がメンター(※)として付いて、新人教育をすることになっているのは、知ってるだろう。
※メンター…指導者や助言者、相談者などを意味する言葉で、主に新入社員や若手社員、中途社員などとの対話や相談、助言を通じて対象者をサポートする者を指します。
○○:…はい。
部長:それを○○君に任せたいと思う。
○○:え…!い、嫌ですよそんな…
部長:すまん、○○君の意見は聞いてないんだ。
○○:…。
部長:それに、社長にももう報告してある。
○○:…。
部長:そういうことだ。よろしく頼んだぞ。
とんでもなく面倒な役割を任されてしまった。
最初はそう思った○○だったが
○○:(待てよ…?これでその社長令嬢に嫌われたら俺はすんなりとこの会社を辞められるんじゃないか…?)
なるほど、これは上司の粋な計らいだ。
○○は、そう感じていた。
――――――――――
そして4月。
新年度が始まって1週間が経った頃、新入社員研修を終えた新人たちがそれぞれの部署に配属された。
和:今日からこちらの部署でお世話になります、井上和です。よろしくお願いします!
挨拶と共に、パチパチと拍手が起こる。
○○:(あれが社長令嬢か…。)
○○:(…めっちゃくちゃ可愛いな。)
○○:…。
○○:(…ばか!何を考えてるんだ俺は…!)
その後、和と共に上司の元へ。
部長:えー、彼が今日から井上さんのメンターを務める、○○君です。
○○:○○です…よろしくお願いします。
和:あの、メンターとは…?
部長:まぁ…簡単に言えば、お世話係みたいなものですかね。なので、何か困ったことがあれば何でも彼に言ってください。
○○:(お世話係って…しかもなんで敬語やねん。)
内心、上司に呆れる○○。
和:そうなんですね…!よろしくお願いします、○○さん!
この時の和の笑顔は、とても眩しく感じられるのだった。
――――――――――
隣同士の席に着く2人。
○○:(最初に一発かましとくか。)
○○:キミさ…社長の娘なんでしょ?
周りに聞こえないくらいのトーンで話す○○。
和:そ、そうですけど…
明らかに和の表情が曇る。
○○:(よしよし、いい感じ。)
○○:俺さ…いつかこの会社辞めようと思ってんだよね。
和:え…?
○○:だから…キミが社長の娘とか全然興味ないし、ぶっちゃけどうでもいいんだ。
和:…。
○○:さっきの上司みたいに気遣ったり、チヤホヤしたりするつもりなんて全くないから。ごめんね。
そう言って、ちょっと意地悪そうに笑ってみる。
和:…。
○○:(へへ、困惑してる。笑)
すると
和:…嬉しいです。
○○:はっ…?
和:その方が…嬉しいです!
○○:えっ!?
和:正直、研修の時とかも明らかに周りの人に気を遣われてて…やり辛かったんです。
○○:ば、ばかな…
和:だから、○○さんみたいな人に会えて嬉しいです…!ビシバシとよろしくお願いします!
キラキラした笑顔で○○を見る和。
○○:う、嘘でしょ…?
○○:(何やこの展開…!!!)
まさかの作戦失敗で、呆然とする○○なのだった。