どれだけ雨に打たれても
休日の夕暮れ時、不意にスマホが鳴った。
電話の主は…✕✕。
○○:…もしもし。
✕✕:『よぉ。今ちょっといいか?』
○○:何だよ。
✕✕:『明日さぁ、バイトの上がり時間代わってくんない?』
○○:別にいいけど…なんで?
✕✕:『実はな…』
✕✕:『明日のバイトの後、桜ちゃんに告ろうと思うんだ。』
○○:えっ…
✕✕:『だからさ、代わってくれた方が都合がいいんだ。頼むよ。』
○○:…わかったよ。
✕✕:『おお、ほんとか。助かる。』
○○:…✕✕。
✕✕:『ん?』
○○:…頑張れよ。
✕✕:『おお、さんきゅー。じゃあまた明日な。』
電話が切れると、○○はベッドの上にスマホをポイッと放り捨てる。
そしてそのまま自らもベッドに倒れ込み、天井を見上げる。
○○:…。
“頑張れよ”なんて、本当は微塵も思っていない。
○○:(人って、簡単に嘘つけるんだなぁ…。)
――――――――――
その後、夜。
○○:(あ…やべぇ食う物が何もない。)
○○:…。
窓の外は、雨模様。
○○:(コンビニ行くか…。)
ため息をつき、○○は家を出た。
家からコンビニまでの道、その端には桜の木がいくつか植えられていた。
見頃を終え、道路に散った花びらたちが雨に打たれている。
○○:(咲いてる時は綺麗だけど…こうなると、何だかな。)
花びらを踏んで歩く○○。
コンビニで弁当とカップ麺を買い、家へと帰る。
○○が履いていた靴には、1枚の花びらがへばり付いていた。
――――――――――
翌日も、空は雨模様。
○○:(はぁ…)
なんとなく、憂鬱な気分でバイト先の休憩室で過ごす○○。
女子:…機嫌悪いんですか?
同じバイト仲間の女の子が、心配そうに顔を覗き込んでくる。
○○:えっ…なんで?
女子:明らかに機嫌悪そうな顔してたので。
○○:…そんなことないよ。ごめんね。
あえて笑顔を作る○○。
女子:まっ!今日は雨だしお客も少ないだろうから楽勝ですね〜♪
○○:はは、そうだといいな。
女の子が部屋を出ると、入れ替わるように桜が入ってくる。
桜:あっ…
○○:!
○○が1人なのを確認すると、意を決して近づく。
桜:あ、あのっ…!
○○:…。
一瞬動揺するも、取り繕う○○。
○○:どうした?
桜:え、えっと…あの、その…
○○:…。
桜:ご、ごめんなさい…!
○○:えっ、何に対して謝ってんの…?
桜:…。
桜:お花見とか、映画とか…いろいろ誘ってくれたのに断ってしまって…
○○:ああ…なんだ、そんなことか。笑 全然いいよ、気にしてないし。
そう言って笑う○○。
しかし、桜はその笑顔をいつものそれとは別物のように感じていた。
桜:お願いが…あるんです。
○○:え…?
桜:もう一度…チャンスをくれませんか…?
○○:…。
桜:桜…ほとんど散っちゃったけど
桜:○○さんとなら…葉桜でも何でもいいから…!
桜:また一緒に…同じ時間を過ごしたいです…。
○○:桜ちゃん…。
○○:…ごめんね。
桜:えっ…?
悲しそうな表情の桜。
桜:もう、桜のことは…嫌いになっちゃいましたか…?
○○:…そういうことじゃないけど。
○○:きっと…桜ちゃんには、もっと一緒に居て楽しい人がいるはずだよ。
そう言って立ち上がると、何かを隠すように、○○は部屋を出ていった。
――――――――――
バイトの時間、桜はほとんど上の空だった。
桜:…おつかれさまでした。
○○:…おつかれ。
○○より上がり時間が早い桜。
挨拶するのも…なんとなく気まずい。
あまりにも長く感じた時間が終わり、身支度を済ませ帰ろうとしていると
✕✕:桜ちゃん!
桜:…?
✕✕:今から…ちょっとだけ、時間いいかな?
✕✕:…大事な話があるんだ。
桜:え………?
――――――――――
桜:大事な話って………?
✕✕:…単刀直入に言うね。
✕✕:桜ちゃん、キミのことが好きだ。
桜:えっ…
✕✕:俺と…付き合ってほしい。
桜:………。
思わず、俯いてしまう桜。
その頭の中では、○○との記憶がぐるぐると渦巻いていた。
桜:…ごめんなさい。
✕✕:………。
桜:私、やっぱり……
桜:他に、好きな人がいるんです…。
桜:だから…ごめんなさい。
俯いていたところから、さらに頭を下げる桜。
✕✕:………。
✕✕:…○○のこと?
桜:………。
無言で俯いている様が、最早答えなのだろう。
この時、✕✕の表情が少し変わった。
✕✕:へぇ…桜ちゃん、他に女がいる男を狙うんだ。笑
ヘラヘラとした笑みを浮かべる✕✕。
桜:ね、狙うとか…そういうのじゃなくて…
桜:自分の気持ちに…嘘をつくのは、もう嫌なんです…。
✕✕:……はは。
✕✕:…しょーもな。笑
桜を見下すように、鼻で笑う✕✕。
✕✕:いいこと教えてあげよっか。
桜:え…?
✕✕:あいつ、彼女なんかいないよ。笑
桜:!!?
目を見開き、驚いた表情の桜。
✕✕:あはは、本当に信じてたんだ。馬鹿だねぇ、全部嘘だよ。笑
桜:ど、どうして…そんな
✕✕:どうして?そんなの決まってるだろ。
✕✕:○○が…邪魔だったからだよ。
桜:邪魔って…
✕✕:俺はほんとに桜ちゃんのことが好きだった。でも傍から見てたら、どう考えても○○と仲良いし、まぁたぶん好きなんだろうなって思ったから。邪魔だなーって。
✕✕:それで、彼女いるって適当に嘘吐いときゃ諦めるかなって。まさかこんな簡単に騙せるとは思わなかったけど。
桜:ひ、ひどい…!最低…!
✕✕を睨みつけるその瞳は、若干潤んでるようにも見えた。
✕✕:ははは、何とでも言えばいいよ。
ほくそ笑んだような表情で、桜の方へ歩み寄る✕✕。
桜:こ、来ないで…
つられて後退りするも、すぐに壁に当たってしまう。
✕✕:いいねぇ…その表情。
背の低い桜は、✕✕を見上げるように、涙目で睨みつける。
✕✕:もう一度だけ聞くけど…俺の女になる気はない?
桜:ないに決まってるじゃないですか…!
✕✕:ふーん、そっか。
壁際に桜を追い込み、2人の距離は近くなる。
✕✕:じゃあ…無理矢理にでもその気にさせてあげようか。
桜:えっ…
次の瞬間、桜の顔の横の壁にバァン!と手をつき、反対の手で桜の胸を鷲掴みにする✕✕。
桜:ひっ…!!!
✕✕:へぇ、思ってたよりデカいじゃん。
✕✕:たっぷりとこの身体に教えてあげるよ…
✕✕:キミには、俺しか居ないってことをね…
桜:や、やめてください…
✕✕:今さらやめるわけないだろ、ばーか。
桜:い、嫌…!
✕✕への拒否反応から、ぎゅっと目を閉じる桜。
すると、次の瞬間
ガチャ
部屋の扉が開く。
桜・✕✕:!!!
入ってきたのは、○○だった。
桜:(○○さん…!?)
○○:え、何やってんの?
唖然とする○○。
桜:…っ!
一瞬の隙を突き、✕✕の元から逃げ出す桜。
✕✕:あっ…!
そのまま、涙を隠すように、走って部屋から1人出ていく。
○○:…?
✕✕:…チッ
○○:お前、桜ちゃんに告白するって…
✕✕:ああ、したさ。フラレたけどな。
○○:えっ…
✕✕:お前のことが…好きなんだと。
○○:…。
✕✕:まぁ…そんなこと前からなんとなくわかってたけどな。
○○:…。
✕✕:あいつ、最近お前に対する態度が変だったろ?
○○:…。
✕✕:お前のこと諦めさせたくて、お前には彼女いるからやめとけって嘘教えたらまんまと信じておかしくなってやんの。笑
✕✕:嘘だってバラした時の顔、ちょーウケたわ。笑
○○:お前…!!
✕✕の胸ぐらを掴む○○。
それでも動じずに、✕✕はヘラヘラとした笑みを浮かべている。
✕✕:それでな、なんかムカつくから一発ヤッてやろうかと思ってたら、お前が入ってきたってわけ。
○○:お前…、最低かよ!
✕✕:ははは、何とでも言えよ。
○○:くっ…
✕✕:殴りたいか?殴れよ。
○○:…!
✕✕:まぁ、お前にそんな勇気ないだろうけどな。
✕✕:…○○。
✕✕:お前さえいなければ、俺は…
✕✕:今ごろ…桜ちゃんと幸せになれてたはずなのに…!
✕✕:ほんと邪魔だな…お前。
○○:…。
✕✕の胸ぐらを掴んでいた両手を離す○○。
○○:…馬鹿だな。
✕✕:あ?
○○:嘘ついて付き合えたとして…幸せになんかなれるわけないだろ。
✕✕:綺麗事言ってんじゃねーよ。
○○:…。
ふぅっと大きく息を吐き部屋の出口に向かって歩き出す○○。
✕✕:言い返せなくて逃げるのか。笑
○○:…ばかにすんな。
○○:お前なんか…
○○:…殴る価値もないんだよ。
――――――――――
桜:…。
雨の中、傘もささずに夜道を1人とぼとぼと歩く桜。
打ち付ける雨が、桜の瞳から溢れるものを飲み込んで流していく。
触覚がとれたような状態で、何も考えることができなかった。
桜:わっ…!💦
1台の自転車が、水しぶきをまき散らしながら桜の横を通り抜けていく。
桜:…。
桜:最悪…
余計に落ち込んだ気持ちになり下を向くと、道路には無数に散った桜の花びらが。
アスファルトの上で、ただただ雨に打たれる花びら。
桜:…。
その様を、ぼんやりと眺める。
桜:(今の…私みたい。)
また、涙が込み上げてくる。
すると
ー桜ちゃん!
桜:え…?
ハッと顔を上げ後ろを向くと
桜:○○さん…?
○○:はぁ…はぁ…、やっと見つけた…!
○○:こんな時間に傘もささないで…風邪引くよ?
息を切らしながら、桜に傘を差し出す○○。
桜:○○さん…どうして…
○○:…謝りに来た。
桜:え…?
○○:本当に…ごめん。
○○:何にも…気づいてあげられなくて。
桜:そ、そんなこと…
○○:…お願いがあるんだ。
桜:え…?
○○:もう一度…俺にチャンスを与えてほしい。
桜:えっ…
○○:また一緒に…桜ちゃんと、同じ時間を過ごしたい。
桜:○○さん…
○○:…桜ちゃん。
○○:俺と…付き合ってください。
桜:○○さん…!!
溜まっていたものが溢れ出すように、○○の元に駆け寄り抱きつく桜。
胸に顔を埋めながら、○○の身体をぎゅーっと抱きしめる。
○○:…。
泣きじゃくりながらへばり付く桜を、そっと抱きしめ返す○○。
これから先、どれだけ雨に打たれても
もう二度と、離されないように………
――――――――――
後日、バイト先にて。
女子:あーあ、急に1人辞めたから出勤してくれとか、ほんとめんどくさーい。
○○:ははは、ドンマイ。
怠そうに悪態をつくバイト仲間女子をなだめる○○。
女子:私、最近料理の練習してるんですよぉ。
○○:うん。
女子:今日は彼氏にとびきり美味しい料理を作って振る舞う予定だったのに…。
○○:へ〜、彼女の手料理が食べられるとか、彼氏さんも嬉しいだろうね。
女子:ふふ、そうでしょ?
横でそれを聞いていた桜。
桜:(なるほど、料理かぁ…。)
桜:(桜もやってみよっかな♪)