アイヌ文化とふたりの日本人作曲家。
遅ればせながら、アイヌ文化のことを少しずつ学んでいる。
まずはなんといっても漫画「ゴールデン・カムイ」。メインストーリーは日露戦争後のアイヌの埋蔵金をめぐる冒険活劇だが、アイヌの少女アシㇼパが語るヒグマやエゾシカの食べ方や、カムイ(それは「神」というより、人と関わる「環境」に近い)たちとの物語は実に興味深い。アイヌの人たちがいかに自然を敬い、動物や植物と対等に接しようとしてきたかがよくわかる。彼らのものの考え方を知ることは、これからの世の中を生きる人にとっても重要なのではないだろうか。
いまは空前のアイヌ・ブーム。「ゴールデン・カムイ」が果たした役割は果てしなく大きい。
その流れで、岩波文庫の『アイヌ神謡集』を読んだ。作者の知里幸恵は口承でしか伝わってこなかったアイヌの物語を初めてアイヌ語で(ローマ字と日本語の訳文で)書いた人。しかし、もともと心臓が弱かった彼女はその執筆がたたって、1922年にわずか19歳で世を去った。
今日、9月18日は奇しくも彼女の100年目の命日にあたる。
『アイヌ神謡集』はNHK・Eテレの番組「100分de名著」の9月のテキストだ。「ゴールデン・カムイ」の監修者でもあるアイヌ語学の中川裕さんが出演している。アイヌ文化の持つ神話的な魅力をこれほど深く、わかりやすく解説している番組はいまのところ存在しないと思う。
アイヌ文化に強く影響を受けた日本の音楽家がふたりいる。
伊福部昭と早坂文雄だ。
現在、東京・砧の東宝撮影所のエントランスには、巨大なゴジラの像と「七人の侍」の映画スチールが飾られている。「ゴジラ」のテーマ曲は伊福部昭が手掛け、「七人の侍」の音楽は早坂文雄が担当した。
このふたり、実は同じ1914年生まれ。青春時代をともに札幌で過ごし、互いに励まし合いながら作曲家を夢見た盟友だった。
伊福部昭は小学生のとき、道東の音更村に住み、その地のアイヌの人々の生活から大きな影響を受けた。伊福部の音楽の特徴である強烈な土着のリズムにはアイヌ文化の香りが漂う。彼の代表作「シンフォニア・タプカーラ」の「タプカーラ」とはアイヌの踊りの一形式のことだ。
一方、黒澤明の映画音楽を一手に引き受けていた早坂文雄は、1955年に交響的組曲「ユーカラ」を発表する。「ユーカラ」とはアイヌに伝わる叙事詩、要するに「アイヌ神謡」のことだ。彼はこの作品を最後に41歳の短い生涯を閉じる。肺結核だった。若き日の武満徹はその初演を聴き、「あれほど涙が出て、感動したことはなかった」と言った。恩師の死を直感していたからだった。
いま、このふたりの青春群像の話を書いてもらっている。タイトルは『北のプレリュード 早坂文雄と伊福部昭の青春』。著者の西村雄一郎さんとは旧知の仲だが、実はいっしょに仕事をするのは初めて。僕が札幌に越してきたことを話すと彼は非常に驚いて、「なんというご縁。必ず私の代表作にします」と約束してくれた。
作品はほぼ完成した。あとは僕がしっかり編集して、素敵な装丁とともに世に問うだけである。
この作品には夢がある。札幌を舞台にぜひ映画化したい。そのための布石も打ってある。もちろん生半可なことでは実現できないことはわかっている。でも、もしかしたらそのために僕はここにやってきたのか、と思うことも一度ではない。
札幌とアイヌを軸に、不思議な縁で結ばれたふたりの作曲の物語は、同時に僕自身の夢の続きを占うかけがえのない試金石なのだ。
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