<まっしー運命学研究所>神的な自分を探す7:物
ども、所長のまっし〜でございます。
物の価値も人の価値観も生活の為という理由から、薄利多売が当たり前の現代。
濃淡の偏り過ぎは人にどんな影響を与えているのでしょうか。
良いも悪いも自由ですが、生き方にはバランス取りは大事です。
では行きます。
人の迷いを無くす究極技は、死生観を変えることと思っております。
つまり、死ぬことが怖くなければ大概の恐怖は克服されます。
「この世は何も無い。幻想を見ているだけだ」という考え方があります。
人も物も自然も心すらも全ての事象が、実在していないと感じることで、全てのとらわれを吹き飛ばし、解放へ向かわせてくれる考え方です。
この世には何も無いと受け入れることで、身体、命が在ることにありがたみを感じる。
所長もこの心境に100%至っているわけではありません。
生きる上でのハードルをゼロにするも、現代人にとって受け入れることが、かなり難しい考え方。
受け入れることが出来るのであれば、本当に心は軽くなります。
とは言えいきなりそこまでしなくても良いと思います。
物への価値観を変えることでも人の運命を変える力は充分に在ると思いますから。
ここでは物について、断捨離で語った内容とは違うことを語りたいと思います。
この世は何も無いというアプローチを物へとするならば、
「物は何も要らない」と考えます。
生活必需品、嗜好品、大事な思い出の品、商売道具等。
全て要らない。
無くても良い。
こう考えることで、拘りもとらわれも消えます。
こうでないといけないとか、こう在るべき。
そういったものから解放されるのではないでしょうか。
人は肉体を持つ物質である以上当然、物は必要ですが、身体は無意識に生命を維持するように在る筈です。
そういった人の持つ機能を信頼することにも繋がります。
「何も要らない」を受け入れることは、
全てを受け入れることと同意ということです。
このように考え方で価値観をリセットすることで自由になり、自分にとって本当に大切なものを認識出来る器になれるということです
これは何より解放されることで幸福感の波に包まれます。
法則が在るのでしょう。
人によりきりですし、理論的におかしいことに聞こえるかも知れない。
間違いなく言えることは、人は思想一つで価値観を変えられます。
それでは次回は次元について語らせて頂きます。
因みに、所長は陶器生産数日本一の街に住んでいます。ブランディングは特になく大量生産一極。
地の利のポテンシャルは高く、何か変化があれば大化けする可能性を感じています。
世の中どうなるかわかりませんからね。
世界に誇る陶芸家も活動していらっしゃいますし。
楽しみです(o^^o)
ありがとうございます。