"人間"ミン・ユンギの解放――SUGA、Agust Dと向き合う物語
BTSのメンバー初のソロでのワールドツアー『SUGA | Agust D TOUR 'D-DAY'』、その日本公演6/3に行ってきた。
ミン・ユンギ、SUGA、そしてAgust Dが表現したかったことが詰まった、まさに"解放"された公演だった。
当日まで、各国で行われている写真は流れてきていたのでなんとなく舞台の構成は知っていたが、実際に観ると、今までに見たことがない斬新な作りのステージ。
普通ならメインスクリーンの前がメインステージとして使われることが多いが、その前に広くさらに舞台が設けられていて、その足組が全て見えるし、天井とワイヤーで繋がっている、端的に言うと見た目は簡素な舞台だった。
"身一つでパフォーマンスをするから見やすくしてるのかな"という感想を抱いた。
アミになってまだ日が浅く、ライブはオンラインでしか観たことがない、"BTSは画面の向こうの人"という感覚が抜けない自分が、ユンギさんを目の前にしたらどうなってしまうのか……。期待と緊張で開演を待った。
ずっとスクリーンでは雨が降り、会場にも雨音が流れている。
いざ幕が上がるとVCRが流れ、そこには、"あの"バイクの事故に遭い倒れているミンユンギ。
そして、その画面から出てきたように覆面の男たちに担がれて登場。ステージ真ん中へ横たえた状態で降ろされると、「해금」の妖艶な音色のイントロが流れ、遂にコンサートがスタート。
拙い感想だが、ユンギさんが登場した瞬間から泣きそうになってしまった。"ああ、いま目の前にいるんだ"という陳腐な感情が上回ってしまいそうになったが、こんな最初から泣くわけにはいかないので堪え、全集中でユンギさんに意識を向ける。
「해금」「대취타」とAgust Dの代名詞といえる楽曲を重々しく歌い上げると、「Agust D」ではすでに会場全体がユンギさんから発せられる熱で沸騰しそう。
1万人以上いる会場の人間の熱を一身に浴びて、それを操り、それ以上の熱で返すその圧倒的な掌握力。これが"BTS"として世界のトップに立つアーティストかと、早々に"格"の違いにたじろぎそうになる。
かと思えば、MCでは頑張って覚えてきてくれたであろう日本語で話す姿は、この言葉が正しいかは別として、茶目っ気たっぷりでギャップにやられる。慣れないから探るように喋るのでそういう話し方になるんだろうけど、申し訳ないけどかわいい。かわいすぎる。保護。
(いちいち「~でぇす」「~まぁす」とお辞儀するの無理。かわいい)
「僕の曲は怒ってる曲が多いですが……ここからは雰囲気を変えてみましょうか?」
「みましょうか?」をかわいく何度も言ってアミの反応煽るユンギさんが너무너무 귀여웠다です。
バンタンメンバーからのメッセージが書かれたアコギを抱えて爪弾き、「Seesaw」を優しく歌う。こうやって、メンバーのことも連れてきてくれたんだなと感じる。
気づいたら舞台のいくつかがワイヤーで天井まで吊り上げられていた。
舞台の足組が見えていてワイヤーで繋がっていた理由がわかった。
そして空いたフロアには椅子とテーブルとテレビ。目の前のブラウン管に自分の姿を映しながら、リビングでリラックスしたような雰囲気で「SDL」を歌い上げる。
そもそも舞台の下でこんな演出をするなんて、斬新さと遊び心が際立つし、曲に合った魅せ方の最適解というより、アミが楽しんでくれるかを考えているような構成に感じた。
「People Pt.2」ではIUさんパートでアミにマイクを任せてくれるし、基本的に"アミと一緒に楽しむ"ことに重きを置いてる気がした。
一人でやり切る公演、そもそも喉の調子も悪いというのもあってアミにマイクを任せることが多くなってる可能性もあったけど、それ以上に"アミと一緒に"という思いが感じられた。
続くVCRでは、ミンユンギがAgust Dに拉致される。Agust Dはどうやら"自分と似た存在"あるいは"世にAgust Dとして知られている存在"を消して歩いている様子?
それを窓から眺める"記憶を失った"SUGA。タバコを吸おうとするけど止められたり思い返してやめるのは、"アイドルとしての制限や我慢"のように見える。
そして部屋のノックに反応し、扉の覗き穴から覗くとそこには銃を構えた"追跡者"Agust Dの姿。なるほど、Agust Dはもしかしたら、"影の存在"である自分が"表の存在"または自分が"真の存在"になるために、生み出した者たちを消して歩いているのかもしれない。
SUGAをドア越しに銃で撃ったAgust Dが部屋に入ると、部屋中に血の跡があり、壁にはAgust DやSUGAの数多の写真。もしかしたらSUGAもAgust Dの行動を追っていた? 記憶を取り戻すために?
そしてAgust Dが風呂場に入りヒビの入った鏡を見ると、そこにはミンユンギ?SUGA?の顔がちらつき、気付くと自分の腹から血が出ていて倒れる。SUGAを撃ったはずなのに自分から血が出ている……つまりSUGAだと思ったのはAgust D? いや、SUGAとAgust Dは同一人物……?
そんな謎を残して、また雰囲気を変えて「Shadow」で登場。「Cypher Pt.3:Killer」「Cypher 4」「UGH!」「땡」「HUH?!」と普段なら他のメンバーと披露する曲をメドレーで。D boy・ユンギさんの真骨頂。その姿はまさに"KING"。
舞台の下のフロア、真ん前に置かれたピアノをポロンポロンと奏でると「Life Goes On」を弾き語る。
つい数秒前まで猛々しく叫び狂ってラップをしていた人と同一人物かと疑うほどの優しい歌声。表現力のふり幅のレベルが半端じゃない。
そしてスクリーンには、坂本教授の家へ訪問し交流した際の映像と、追悼の言葉が。
「Snooze」のピアノのイントロで、舞台の一つがまた天井へ昇っていく演出は、まるで坂本教授が天へ昇っていくように感じられた。
「楽しい時間はあっという間です」と話すユンギさん。思わず時計を見ると、もう1時間半経っている。いやさっき始まったばっかじゃんと本気で思うくらい、濃密すぎて時間の感覚がなかった。そしてずっと観ていたかった。
叫び祈るように歌う「AMYGDALA」。歌い終わりに倒れ込み、オープニング同様に担がれて退場していく。
続きのVCRでは、風呂場で血を流して倒れていたAgust D……いや、その姿はミンユンギ……が目を覚ますと、それを覗き込む巨大なSUGA。ミンユンギはミニチュアの部屋の中にいた。つまり、SUGAの手の中にいる? そこへ火を放つSUGAと、燃え盛る炎に消えていくミンユンギ………という映像を撮影し、モニタリングしているミンユンギが映る。
ということは、Agust D=ミンユンギを殺すSUGAという筋書きを作ったのはミンユンギ。
そして空間が変わり、モニター画面に反射するSUGAと向き合うミンユンギ。"SUGAは画面の中の人"、"ミンユンギは画面のこちら側の人"。そして画面を消し、ドアを開けて出てきたのはーー。
アンコールは「D-DAY」から。
舞台が全て天井に吊り上げられ、フロアだけになった。
自由に動き回りながら、6/4の公演ではアミにタッチしたりと、より自由度を増して動くユンギさん。
ラスト「The Last」では数多のカメラに囲まれる演出。まるでアイドルを四方八方から囲むパパラッチのよう。そしてアイドルになった苦悩を歌ったこの曲を最後に持ってきたこと……。
今ここでこの流れの最後にこの曲を持ってくることは、この苦しみや怒りを乗り越えて解放された=この苦しみや怒りは最後という意味かもしれない。
そんな壮絶なラストの曲を歌い終え、公演は終了した。
舞台が天井に一つひとつ吊り上げられられていく様子は、まるでユンギさんの殻を少しずつ剥いでいくようで、最後、フロアだけになったのは、まるで何も被っていないユンギさんを表しているかのように感じた。
それはつまり"解放"を意味し、"剥き出しの人間"になるという意味ではないだろうか。
別の意味で、舞台が天井へ昇ったのではなく、ユンギさんが舞台より下にいったのかもしれない。つまり、舞台はこれまでの栄光で、それは遠く遙か高く存在するものになり、自分はそこへはもう登らないということだろうか。
しかしそのことによって、アミと同じ目線に立ち、音楽をこうやって楽しむという意味にも感じた。そしてユンギさんが前に言っていた「墜落は怖いが着陸は怖くない」という言葉を思い出した。着陸した地面にはアミがいる。触れ合うこともできて一緒に音楽を楽しむことができる。
ライブが終わって感じたことは、終始ユンギさんの覇気に圧倒されていたということだ。
冒頭で述べたように会場を掌握する力はまさに「The Last」の歌詞にあるとおり<俺の手振りひとつで動く数万人分の頭>。
そしてユンギさん自身が"ライブ"そのもので、全身で音楽を放っているさまは、まさに"ユンギさんを浴びた"感覚。Agust Dの曲はユンギさん自身の心の内を曝け出す曲が多いが、ユンギさんの魂に触れさせてもらえたような感覚が残った。
VCRでのミン・ユンギ、SUGA、Agust Dの位置づけについては、ソウル公演のポスターが物語っているかもしれない。
このワールドツアーのポスターは、ユンギさんの顔を半分に分けて、赤と青の鮮やかなコントラストで表現されている。
それが、ソウル公演のポスターでは境が曖昧になり、コントラストの差もほぼなくなっている。
つまり、Agust DとSUGAという存在は明確に分かれていたが、このツアー'D-DAY'をとおして境目が曖昧になり、ミンユンギの存在に溶け込んだということか。
このツアー、そしてアルバム『D-DAY』は、過去を乗り越え、陰の存在として生み出したAgust Dを自分に昇華する物語だったではないか。「AMYGDALA」で救うことができなかったAgust Dを救い出し、そして、SUGAというアイドルもミンユンギに集結するーー。
BTSがソロ活動を始めて各々個人の力になっていることは確かで、2025年の再集結に向けてさらに成長をしている7人。
ユンギさんはもともとAgust Dというソロ名義を持っていて、そこではBTSでは歌えないユンギさん自身の話を歌っていた。
ここへきて、改めてAgust Dと向き合うことになり、そしてAgust Dトリロジーの最終章として物語を閉じる。
それはこれまでAgust Dだった存在、アイドルとしてのSUGAを、分けるのではなくミン・ユンギという一人の人間に集約することで、ユンギさんの成長となるということかもしれない。
分ける必要がなくなった="人間"ミン・ユンギを曝け出すことに畏れがなくなったということかもしれない。
そうやって、ユンギさん自身が過去や自分と向き合い、乗り越えて昇華していくことは、全てこれからのBTSのためにしていることなんだ。
そしてユンギさんは、また新たな音楽で物語を紡いでいくんだろう。
きっとこれまでの辛い人生の話ではなく、"現在"そして"未来"に向けた光のある話をーー。