導かれて 2章

1
陽が沈み始めた
 
 

陽の光が立ち去って暗くなりつつある灰色の密林は、
やってきた漆黒の呼びかけに応じて
不気味な光を灯し始めた

虚ろで命のない光は周囲を照らし、
無機質なコンクリートに蠢く影を作り出していく

死んで防腐処理を施された者達が
生きてる者達の真似をする
 
 
 
 
夜が訪れたのだ
 
 
 
 

用事が長引いた茂樹は
その化け物たちがひしめく通りを足早に通り過ぎていった

彼にとって夜の街は得体のしれない場所であった

金属と金属のぶつかる音、生気なく機械的に動く人形、くすんだ光を投げかける蛍光灯

全てがただ、恐怖の対象でしかなかった

彼を生み、育んでくれた
木々の柔らかさも、風のささやきも、大地を満たす生命の脈動も、
ここではその欠片さえ見せてはくれない
 
 
あるのは時計仕掛けの臓物を縫い付けられた死者達と
不快で耳をつんざき脳を揺らす金切り声をあげる巨人と
皮膚が焼けただれ傷跡のケロイドから電気回線の焦げた匂いをむき出す鉄の奇形児のみであった
 
  
 
 
彼らは本当にかつて生きていた者達だったのだろうか
 
 

ここでの風景は、
まだ彼がほんの小さかった頃、
優菜と一緒に読んだ本の中に描かれている地獄の風景を思いおこさせた
 
 
人を殺した者、嘘をついた者、人をだまして盗みを働いたものは
死んだ後に閻魔大王が住む地獄へと落とされ、
煮え立つ血の池に放り込まれ、千本の針でできた小山を歩かされ、
舌を抜かれ目をくりぬかれた亡者たちが苦痛にのたうち回るところへ
放り出されるのだ
 
 
その話はまだ小さかった彼の心にとてつもない恐怖心を呼び起こしたが、
茂樹にとって夜の街は、同じ風景に見えたのであった
 

 
 
狂人たちの騒々しさが静寂を噛み
宙を舞う油の味が道端に咲く花の蜜の香りを犯すように、
低俗な化け物達に生命溢れるものが毒されていく嫌悪感
 
 
 
 
2
茂樹は家に駆けこむと、まっさきにドアを閉め鍵をかけた

 
家の中はいつもの彼の知っている世界だった
 
沸き立つコーヒーから広がるまろやかな香り
落ち着いたリズムを刻む時計の秒針
 
静寂の内に調和した、いつもの世界
ハマスホイの絵画の中のような、穏やかな世界
 
 
 
大きく息を吸って、大きく息を吐く
 
さっきまでの毒ガスのような腐った排気ガスが
未だに彼の肺を掴んで離さないでいた
 
 

洗面台へ向かい蛇口をひねる
らせんを描いて水が流れる
 
茂樹は洗面台の上に覆いかぶさるように手をついた
 
 
燃え滾る溶銑が食らいついているかのように
茂樹の肺は焼けていた
 
黒い蟲が内蔵の代わりに蠢き、互いに共喰いし喰いちぎりあっていく
赤熱の刃が腸から突き上げ、脳に焼き鏝をあてる
 
 
 
 
そして、、、
 
 
茂樹は、落ちていった
 
 
 
 
3
、、、
 
 
 
あつい、、、
 
 

身体が、、、火のように、、、、、、燃えている、、、
 
 
 
 
  
身体中の肌が寸刻みで鉄灸を押し付けられている
 
水ぶくれが熱に耐え切れず破裂する
 
 
錐で穴をあけられ溶岩を流し込まれたかのように
身体の内側が燃え盛っていく
 
 
内臓が沸騰し眼球が蒸発する
 
のどぼとけと耳が溶けて肉の塊となり
腕が炭のような枯れ枝に変わっていく 
 
 
 
死が、眼前に迫っていた
 
 
 
迫りくる死の目前で
何かが僕を掴んだ
 
 
 
 
 
 
少女だ
 
 
 
 
 
 
少女が、火が燃え移るのも構わずに
炭と化してく僕の身体を引き寄せる
 
少女は何事か必死で叫び、僕に伝えようとしてくる
 
しかし、その叫びは炭となりつつある僕には届かない
 
 
少女の絶叫する言葉も、伝えようとする思いも、
僕には無としてしか届かない
 
 
視界がかすみ、死が僕をさらっていく
少女との永遠の別れが、近づいてくる
 
 
  
死が僕に触れる、まさにその間際、
溶ける筋肉と灼熱にさらされる神経の許す限りの力で、
僕は唇を動かす
  
 
 
 
 
  
僕は       
 
 
 
 
 
 
 
君を     愛してる

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