1.2.3
1.2.3の文学短編集です 読み切りものなど
文学の断片・試行錯誤中の作品の一部です
慶次は藻澄川で、10年前に死んだはずの男と出会う その男は人を殺した疑いをかけられていたのだが、 男が言うには自分は殺人は犯していないという 10年前のあの時、この川の周りで何が起こったのだろうか
哲学についての考察 短編集です 全部話はつながっています
茂樹は、見知らう少女が出てくる不思議な夢をよく見ていた その少女は誰なのか
みのるは重い瞼を開けると、じめついた空気の中ゆっくりと身体を起こした。身体中に鉛のような重みが纏わりついていたが、しばらく経ってそれが自分の身体そのものであることに気づいた。鈍くしか動かない自分の足に力を入れようとしたが、するどい茨で出来た鞭が縛り付けられているかのごとく身体全体が痛くて力が入らない。途端胃から口内に酸味のある物がせりあがってきて、みのるは豪快に口から吐き出した。 こめかみが痛くてズキズキする。ここはどこだ? 鼻を突く生ごみの匂いだろうか車の排気口から出
私は今、病院でベットに横たわりながらこの文章を書いています。76歳になる私は末期のがんを宣告されています。もう永くはないでしょう。もうすぐ来る迎えを前に私は、私の人生の初めにあった忘れられない不思議な、それでいて私の人生を方向づけた出来事について話すつもりです。いまだに私は、彼女の虜になっているのでしょう。 山の中の小さな村で生まれた私は、その村の村長である父のもとで育ちました。小さい頃より父に村の中のあちらこちらを案内されていた私は、村の様子についてはかなり詳しい子供
僕はあと30分で首をくくられる。 独房の窓から澄んで青く透明な空を見上げながら、僕は物思いにひたっていた。 恐怖は感じなかった。ただ不思議と解放感だけが漂っていた。 貧しい街の貧しい家に生まれた僕は小さい頃からそれしか知らなかった。 唯一の心の慰めは家族だけだった。妹と母親との3人暮らし。 父親は見たこともない。ただ物心ついたころからよく母が悲しげな顔でボロボロになった男物のシャツを大事そうに抱きしめているのを見たことから、 事情はだいたいわかっていた。 その母も2
薄暗い毛布の香りの中、 智は手探りでカーテンを掴み開いた 朝の冷気を含んだ陽の光が、 遮るもののない裸の肌を直に刺す ちくちく痛む皮膚の欠片は、 じわりじわりと静かに拡がっていく 肌を柔らかく包むベッドの温もりに抱かれつつ、 智は傍らに寄り添って寝息を立てる優菜に目を向けた 穏やかに眠るその姿を見守りつつ、 智は昨晩の優菜のことを思い起こしていた 耳にかかる優菜の荒い息遣い 身体の奥で感じる優菜の身体の温
音もなく流れる川の音が、 慶次をそっと包んだ 踏みつけられてまき散らされた草木の汁の匂いで、 慶次は自分が大きな川の前に来ていることが分かった 遠くに見える中天辺りを漂う灯篭の明かり以外は 一切の光もなく 虫の音すら、まったく響かない 恐ろしいほど、静かな場所 まるでここが、黄泉の国であるかのようだ 生きているものは誰もおらず、 ただ亡き者たちの魂だけが堂々巡りを繰り返す 死んだ者たちだけの国 慶次は、川の手すり
慶次は、どこに行くという当てもなく ただ街中をぶらぶら歩き続けた 街中ではちょうちんが暗闇の中に怪しく佇み、 その白い羽を通路の隅の方まで広げている 羽は何層にも重なり合い、 濃淡の入り混じった光の模様を地面に描き出していた ふと遠くの方へと目をやると、 真っ暗な夜空の中で、数えきれないほどの巨大な光の塊が中天に向かって昇っていくところだった 光の塊は、それが意思を持つものであるかのように 海の中漂う海月よろしくゆらゆらと揺れていた 、、、、、灯
そっと忍び寄ってきた夏の夜は、 暗がりの覆いを街全体に優しく被せた 昼間の活気を蓄えた建物も、 ふいに訪れた安らぎには抗いようがないと見えて、 少しづつまどろみの表情を見せ始める 姿の見えない精霊たちは、ひとつひとつの家々の玄関をノックして 生気に満ちた昼の時間は終わりを迎えたことを知らせる 街は、夜に、沈んでいった 慶次は家の玄関の前で火を焚き、 組み立てたおがらにその火を燃え移らせた 火が広がり、その明るさで玄関前を照らす
「今帰った」 慶次が玄関を開けると、家の奥の方からぶっきらぼうな声が返ってきた 「慶次、頼まれたものはちゃんと買ってきたんだろうね」 「あぁ、多分ね」 「多分ってなんだよ 無かったらもう一度買いに行かせるぞ」 慶次はそのまま部屋の奥へと進んでいく 「姉ちゃん、俺にもアイス」 「勝手に探しな 私はお前のお守じゃないんだよ」 冷蔵庫を開けると、ひんやりとした冷気が けいじにまとわりついていた熱を吸い取っていった アイスを探し、部屋
慶次は川に沿って家路を進んでいた 長々と続くアスファルトの道路は、 真夏の昼の太陽の光を浴びて 空気すら燃えつくさんとばかりの熱を放っていた 熱せられて湯だつ空気は、ゆらめきの中にうつろい 蜃気楼よろしく都会の建物や人々を幻かのように演出する 溢れ出る汗をぬぐいつつ、慶次は毒づいた こんな酷暑の中に自分を買い物に行かせた姉への侮辱もそこにはあったが、 まずなにより彼にまとわりつく汗で湿った服と刺すような日差しが 彼を苛立たせたからだ なんでこん
その川は街の真ん中を流れていた 川の名前は藻澄川というものであったが、 誰もその名前を知りはしないし、また興味も抱かなかった 緑の藻が浮かび、ただあてもなく流されていく黒ずんだ川は 人々の興味を引き付けるにはあまりにも特徴がなかった ただ昔一度だけ、ここで死んだ男の遺体が浮かんでいるのを発見された時には その川のことがお茶の間で少し話題になりはしたが、 人々の興味はやがて日常のこまごまとしたこと 政治やら高騰する野菜の値段やら誰と誰が不倫しているかなどの話題に
ある客体(社会のこと)の中で、 「権力者」の位置にあるものは 同じ客体の中にある「被権力者」を必要とする そして被権力者も、 「被権力者」であるためには「権力者」を必要とする 権力者/被権力者 2つの関係をつなぐのは、 それらの関係・軸である 権力の関係 他にも、 商品を売る「お店」は、商品を買ってくれる「顧客」を必要とし、 商品を買う「顧客」は、商品を売る「お店」を必要とする 「お店」と「顧客」は、 売買の関係で互いにつながれている 権力の関係・軸そのものが生
りんごがある 初めてそれを見る人からすると、 それはただの「もの」である りんごとみかんがある ふたつに共通な事柄はなにか 「果物」 正解である 「3文字」 正解である 「果物」と区分した時、 2つのものは「食べ物」の軸で区切られた 「3文字」と区分した時、 2つのものは「文字数」の軸で区切られた 赤と黒の共通な事柄は何か 「色名」「漢字1文字」 正解である 赤と黒、どちらが長い?は価値を持たない 赤と黒との間で、「長さ」の軸は共通として存在しえないから
1 どこまでの続く虚空が、そこにはあった 辺り一面に一分の分け目もなく広がる暗闇は、 全てのものをひきずりこもうとばかり ただ沈黙のうちにどっしりと立ち構えていた 一滴の灯さえただちに吸い尽くすほどの濃い暗闇は、 さまざまなものを孕んだまま ただただ永久にただよい続けるのであった 内で蠢くものたちに、突き動かされて 風が吹くはずはないのに、 黒のカーテンが、ほんの少し、はためく そして再び無 また、音も
1 陽が沈み始めた 陽の光が立ち去って暗くなりつつある灰色の密林は、 やってきた漆黒の呼びかけに応じて 不気味な光を灯し始めた 虚ろで命のない光は周囲を照らし、 無機質なコンクリートに蠢く影を作り出していく 死んで防腐処理を施された者達が 生きてる者達の真似をする 夜が訪れたのだ 用事が長引いた茂樹は その化け物たちがひしめく通りを足早に通り過ぎていった 彼にとって夜の街は得体のしれない場所であった 金属と金属のぶつかる音、
1 その少女が生まれた時、父親はそこにはいなかった つまり、夫は自らの妻の死に際に立ち会うことができなかったということだ 時間がかかって病院にたどり着いたときには もう冷たくなった生気のない「妻だった物」を見ることしかできなかった 最後の言葉も、感謝の言葉も、内に秘めた「愛してる」の言葉も、 男は最愛の人に伝えることはできなかった 10年が経ち、1人の男が誰もいない道路に車を走らせつつ家路についていた シンと静まり返った夜の田舎
1 電車の窓から見える景色は、絶えず流れすぎていく ある時はおだやかな、ある時は険しい表情を見せ続ける風景は その変化に飽きることもないようだ 詩織はもう何時間もそうして外の景色を眺めていた 時々飽きてきたら窓ガラスに「はーっ」と息を吹きかけ 緑の木々や電線がかすんだもやで覆われ、 そしてまた晴れていく様子をじっと観察していた 家族の引っ越しによって、 全く見知らぬ場所に住居を新しく構えるための移動中なのだ 「お母さん、、、まだ着かないの?」