藻澄川 4
そっと忍び寄ってきた夏の夜は、
暗がりの覆いを街全体に優しく被せた
昼間の活気を蓄えた建物も、
ふいに訪れた安らぎには抗いようがないと見えて、
少しづつまどろみの表情を見せ始める
姿の見えない精霊たちは、ひとつひとつの家々の玄関をノックして
生気に満ちた昼の時間は終わりを迎えたことを知らせる
街は、夜に、沈んでいった
慶次は家の玄関の前で火を焚き、
組み立てたおがらにその火を燃え移らせた
火が広がり、その明るさで玄関前を照らす
「慶次、手際よくなったじゃん」
「もう10回はやってるからな
そりゃ上達するさ」
燃え広がったおがらは、熱さに身をよじらせて踊り狂い
少しづつ、物言わぬ灰へと変わっていく
2人とも、ただじっとそんな火を無言で見つめていた
「なあ、姉ちゃん
聞いていいか」
「なんだい?」
「おやじとおふくろって、どんな人たちだったんだ?」
「、、、珍しいな
あんたがそんなこと聞くなんて」
「いや、、、
少し気になって
俺ほとんど2人のことを何も覚えてないからさ」
「2人ともいい人だったよ
私が仕事を見つけられるよう、あちこち探してくれたんだ
私も15年、お世話になったからね」
「俺は5年だけだったな
一緒にいられたのは」
「5年も一緒にいることが出来たと思いな」
迎え火の明かりは少しづつ消えていき、
そのうえで踊り狂う木片もしぼみ、わずかな火種を残すのみとなった
慶次は、用意してあったバケツをとると
中の水をわずかな明かりとなった火にかぶせた
ジュっという音がして、煙が漂う
燃え尽きたおがらの匂いが鼻を突く
「2人とも、この家見つけられただろうか」
「あんたがそんなにセンチだったとは知らなかったな」
「さあ、、、、なんでだろうな」
「私はまた出かけてくる
出来の悪い弟のためにも、たくさん稼がないといけないからな
あんたはどうすんだ?」
「俺は、、、少し散歩でもするよ」
「そうかい、まあ、気をつけな」