死刑囚
僕はあと30分で首をくくられる。
独房の窓から澄んで青く透明な空を見上げながら、僕は物思いにひたっていた。
恐怖は感じなかった。ただ不思議と解放感だけが漂っていた。
貧しい街の貧しい家に生まれた僕は小さい頃からそれしか知らなかった。
唯一の心の慰めは家族だけだった。妹と母親との3人暮らし。
父親は見たこともない。ただ物心ついたころからよく母が悲しげな顔でボロボロになった男物のシャツを大事そうに抱きしめているのを見たことから、
事情はだいたいわかっていた。
その母も2年前病気で死んだ。薬が買えなかったからだ。
かつては母だったそれを眺めつつも涙は出てこなかった。それが煙になり真っ白な灰となったときも悲しみは感じなかった。
妹とはそれ以来会っていない。生きているのか死んでるのかわからない。
ただ僕の方は食べ物欲しさに盗みに入り、逮捕され、今日処刑される。
僕が悪いのか?生きていきたかっただけなのだが。
家族が悪かったのか?貧しかっただけなのだが。
ドアが空いた。
人が入ってきた。
廊下を歩いた。
処刑台が見えた。
縄が見えた。
階段を登った。
体重をかけながら。
コッ、コッ、コッ。
妹はいまどうしてるだろうか。
コッ、コッ、コッ。
母は幸せな最期だったのだろうか
コッ、コッ、コッ。
僕が生まれてきたことになにか意味があったのだろうか。
階段を上ると目の前に小さな死神が座っていた。
それは僕を身じろぎもせず見つめてくる。
階段の下、長い紙を持った男が清潔な服に身を包みでっぷりとした腹を震わせながら何事か言った。
殺人。強盗。奴隷。極悪非道。
よくわからない言葉だ。意味のない言葉だ。
死神の向こうには僕を見つめる顔、顔、顔。その中央に窪んだ2つの穴には石ころのような眼球が嵌め込まれている。
全員が僕と同じ背の高さで、全員が僕と同じぼろぼろの服を着、全員が首に同じ縄を巻き付けている。
彼らは皆全員が布で作られた皮膚に体を覆われていた。
そうか、これが死か。僕はつぶやいた。これがそうなのか。
縄が近づく。死神が僕を見つめる。
首に麻のちくちくする感触が絡みつく。死神の目が僕を食い入るように凝視する。
僕を連れてきた足音が階段を下っていく。死神が僕の生を貪ろうと身体を広げる。
静寂。緊迫。一瞬の苦痛。そして。
僕はそのひとつとなった。