670 SMBC社長無給で働く
大手証券会社SMBC日興の近藤雄一郎社長が、相場操縦事件などの責任をとって「半年間無報酬」で働くことになったと報じられました。同社長は記者会見で、「再建に道筋をつけたところで、身を引いてけじめをつけたい」と述べたとのことです。
相場操縦事件とは、SMBC日興が市場外から大量の株式を買い取り、投資家に転売する「ブロックオファー取引」で、2019年12月から2021年4月まで10銘柄の株価が下がらないよう買い注文を入れていたもので、市場の基本を妨害する金融会社にあるまじき非常識な悪質事件として金融庁の重い処分を受けています。この操作は近藤社長が実施を指示したものではないとのことですが、やめさせなかった責任は逃れないとのことでしょう。
行政処分を受けても続投するのは「異例」とのことだそうですが、ボクは辞めれば済むという“慣例”の方が異常だと思います。世間の批判に顔を晒して、社内の問題点を正していくのが、トップの責任のあり方だと思うからです。近藤社長は無報酬ですが、副社長の清水喜彦副社長も月額報酬は50%半年分返上し、親会社の三井住友ファイナンシャルグループの太田純社長も半年間月額報酬を30%減額するなど、グループ社全体で22人が処分対象とのことです。
さてここで“無報酬”の評価です。会社での取締役の地位は民法に規定する「委任契約」です。その基本は「当事者の一方(委任者=会社)が法律行為をすることを委託し、相手方(受任者=取締役)がこれを承諾することによって成立する」(643条)ものであり、「受任者は、委任の本旨に従い、善良な管理者の注意をもって、委任事務を処理する事務を負う」(644条)ことになります。そして「受任者は、特約がなければ、委任者に対して報酬を請求すること」はできず、報酬を受けるべき場合でもその請求は委任事務を履行した後でなければならない」(648条)となっています。
監督官庁の行政処分を受ける仕事ぶりですから、善良な管理者の義務を果たしていたのかとなりますし、そもそも億円単位の高額報酬が妥当だったのかという疑問が出てきませんか。
「高額報酬を出さなければ優秀な経営者を招聘できない」と大企業の取締役は主張するのでしょうが、30年間もゼロ成長に取り残された日本経済の主役たちが、ほんとうに優秀なのでしょうか。凡人に比べれての比較優秀さは認めますが、その報酬が10倍も20倍も多くなければならないほどの優秀さとは思えません。
黒塗りのセダンで通勤し、個室に秘書付き、夜は著名人との会食。世のサラリーマンが目指し、そして実現できないのが大企業の取締役の地位です。これを手にできた者は親戚縁者、かつての同級生たちに誇れる名誉を得るのです。これに加えてカネまでも得ようというのは、欲が深すぎないでしょうか。
委任はもともと無報酬が基本。これが法律(民法)の考え方。地域で地道な公益活動を行っているNPOの代表など無報酬が約束ごとのようになっています。
経済を盛り上げて社会を豊かにする大企業も、慈善や環境保全に取り組むNPOも、国家国民に貢献する点では基本的に同じ。NPO活動で実費くらいは出ないかなと願う一方で、大企業取締役報酬は一般国民の平均所得並みであるべきではないかと思います。(なお、取締役は自社の株式を保有していれば、会社の成長に伴い、株価上昇や配当により金銭収入を得られます。これは委任報酬とは別物です。)
SMBC日興証券の社長は、半年間という限定ではあるけれど、「無報酬で社長業を勤める」という先例を作りました。これをきっかけに企業取締役の委任報酬の適正水準についての議論が盛り上がることを期待したいものです。
報酬を適正化すると成り手がいなくなるでしょうか。マンション管理組合の役員理事は権限なし、名誉なしですが、大企業取締役は違います。また責任が大きいことは、やりがいもあるということです。「原則無報酬だが、社用車、個室、秘書付き。どうしてもの希望者には社内の課長職並みの報酬を出す」の条件で公募をかければ、門前市を成す面接希望者の列ができることは必定だと思います。
「わが社は今後こういう方針にする」とSMBC日興の近藤雄一郎社長が置き土産にすることを願いましょう。
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