ミックスキャロット
地元のコープに売っていた「ミックスキャロット」というジュース。
久しぶりに飲むととても甘い。少し癖のあるにんじん特有の生臭さがまた新鮮で、素直に美味しいなと思う。
幼い私はこのジュースが大好きだった。
マミーとカルピスとミックスキャロット。
幼い私の好きなジュース。
幼稚園児の私が書いた文の中に
「すきなたべもの、にんじんとピーマン」と書かれたものがある。
たしかに今でもにんじんとピーマンは好きではあるが、好きな食べ物の欄に書くほどではない。
普通に美味しく食べられるものの2つだ。
昔の私は好きな食べ物の欄ににんじんとピーマンと書くことにステータスを感じていた。
にんじんとピーマンという子どもが嫌いな野菜の代表格二つを「好きな食べ物」として挙げられるような特別な子どもなのだと、幼い私は周りに見せつけたかったに違いない。
そして、私がにんじんとピーマンを美味しそうに食べると母も喜んでくれた。「お野菜が食べられてえらいねえ」母はそう言っていつも私を褒めた。
両親は、一度都会に出て会社勤めをしていたが、兄を出産することを機に地元に戻った。
そして小さな「子どものための家」を建てて、そこに畑を作った。畑には季節の野菜が何種類も植えられていた。
子どもたちの食育に重きを置いていたのである。
無農薬で作られた野菜たちは、父の凝り性のおかげでスーパーで売っているものより美味しく育った。
そんな両親に育てられた娘が、好きな食べ物の欄に「にんじんとピーマン」と書く。
まさに〈理想の親子〉がそこにはあった。
無論、私は両親の熱心な教育にはとても感謝しているし、そんな両親を心の底から愛している。
しかしたまにふと、本当の好きな食べ物はほかの何かだったと思い出し、子ども心に親に褒められたかった気持ちや自分は特別なのだと信じたいがための虚勢が見え隠れする。
そして不思議なことに、その虚勢はいつのまにか真実となって自分の一部になる。
好きなジュースは「ミックスキャロット」。
ミックスキャロットは、自分自身の中に染み付いた愛おしい嘘の味がする。