「絵がうまい人は、手術もうまいよね。」

 と言う人がいるけれど、僕はそうは思いません。だったら、芸大美術科卒のみんなに外科医免許をあげればよいのです。

 得意不得意もあります。イラストを書くためには多少の技術も必要です。アナログでは絵具やペンの使い方、デジタルではアプリケーションの使い方です。興味がなければ勉強もしません。

 でも形成外科医には「絵心」はあった方がいいと思います。単純な幾何学ですし、技術も不要です。

 絵の利点は、目に見えないものや言葉で表現しにくいことを表現できることと、その表現方法が瞬間的なことです。

 外科医にとって、目に見えないものはたくさんあります。見えないところの手術することもあります。顔の右側と左側を同時に見ることもできません。映像技術や画像処理の進歩で、見えないところが見えるようにもなってきました。でも、外科医は手術中にその場で想像しなくてはいけません。普段から、見えないものを書いていれば、それを頭の中で可視化できます。私のメンターは顔面骨が専門でしたが、道具と手先の感覚だけで見えないところの手術をし、視線はどこか遠くをむけていました。その姿にあこがれたものです。

 もうひとつ、目に見えないものの表現とは、目に見えているものをデフォルメ化して論理的なものに変化させることも含まれます。ピカソの絵もそうですが、実際に見ているものから必要な情報だけを取り出して記録もしくは記憶することはとても大切です。芸術家は、その内面やら本質やら形而上学的なものを見出すのでしょうが、外科医は、形やら大切な臓器の位置だけを記憶にとどめます。これも大切な「絵心」です。

 言葉で表現できないこともたくさんあります。とくに見た目の治療では、場所や変化など言葉で表現しにくいことがたくさんあります。プレゼンテーションなどでは言葉で表現しない方が具体的になりすぎずによいこともあります。逆に、言葉で表現しにくかったことを絵に落とすことで、漠然としていたイメージが具体的になることもあります。外科医の場合は、それが手術手技や治療法につながることがよくあります。表現しにくいものを表現しないままにしないで、ちゃんと形で表現した方がよいのです。

 言葉や文字は、理解するのに一定の時間が必要です。絵は瞬間的にとらえることが出来ます。これは、思考や情報の整理に大きく役立ちます。思考のフレームワークなども幾何学的です。絵心がある、つまり幾何学的なものの考え方が出来る人は、瞬間的に多くの情報や思考を整理することが得意だと思います。手術中にアクシデントが起きた時に、とっさにやらなくてはいけないことの順番、起こりうるリスク、軌道修正の仕方などを考えます。手術計画をたてる時に、症状の価値、治療すべき順番、出しうる効果などを整理して組み立てます。また、組み立てられたもののバランスや異物を感じることもできます。これらは、絵心がある人の方が得意だと思います。

 つまり、外科医は絵がうまくなくてもいいのです。「絵心」は普段から心がけた方がよいでしょう。

 下の絵は、ある外科医のところに手術を勉強しに行ったときに、記念にさっと書いてもらったものです。

 逆は成り立つかもしれません。手術がうまい人は、絵もうまいよね。


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