見出し画像

#1 書記官とギルド長

〝今回は、創作ギルド《SSQuest》のギルド長・リコリスを紹介しよう〟

〝いや、その前に、リコリスが創設したギルドについて、記したほうが良いだろう。この本を手に取る者は、《SSQuest》がどんなギルドなのか、想像もできないはずだ〟

「──椿。ギルドの紹介だの何だのと話す前に、貴女の紹介が先だと思うのだけれど」

 深緑色の柔らかな長い髪を撫でながら、仄暗い赤目を細める少女──リコリスがわたしをさとした。リコリスがわたしの姿を捉えられると知っているのに、リコリスの視線がわたしに向けられると、未だに落ち着かない。

 わたし──椿雪花は、創作ギルド《SSQuest》の書記官だ。といっても、書記官の存在は、ギルドのメンバーでさえ認知していない。わたしは、実体を持たない存在だから。
 けれど、リコリスだけは、わたしの姿を目に映しているらしい。ギルド長故の能力なのか、真実はわからない。

「いくら、貴女が実体を持たないとはいえども、ギルドの活動を伝えるのは貴女の役目。外部の人間と意思疎通をするには、姿を見せない貴女の存在を、怖がらせないようにしなくてはね?」

 リコリスは愉快そうに微笑んだ。口の端を持ち上げ、ゆるりと目を細める姿は、大層美しい。
 リコリスは、わたしが「外部とコミュニケーションを取る方法」に興味があるらしい。わたしに与えられた方法なんて、一つしかないのに。リコリスだって、それを知っているのに。リコリスの好奇心は、時にわたしに意地悪をする。

「突然、目の前に本が現れたら。本屋に赴き、突然、本が独りでに動き出したら。人々はどのような反応を見せるかしら」

《SSQuest》は、様々な世界に染み付いた物語を見聞、記録し、伝えるギルドだ。しかし、リコリスや他のギルドメンバーたちは、ギルド外に物語を伝えるすべを持っていなかった。リコリスたちは、あくまでも、ギルドの『耳』であり、物語を見聞する役割を与えられている。

 だから、ギルドには物語を〝伝える〟ための存在が必要だった。まさしく、わたしのような、実体を持たない存在だ。わたしは、ギルドの『声』である。

 けれど、人々には、わたしの姿が見えないどころか、わたしの声すら届かない。
 〝容れ物〟があれば、ギルド外へ赴くことも可能だけれど……消耗が激しくて、〝伝える〟には向かなかった。

 それでも、わたしたちをギルドの『声』だと断言できる理由は、物語を広めるに相応しい方法があるからだ。

〝それはもう、驚くでしょうね。目をカッと見開いて、息すら忘れて〟

 リコリスの前に、光に包まれて、一冊の本が現れる。誰の手も借りずに、ページが捲られ、真っ白な紙の上に文字が浮かび上がった。
 この異能こそが、わたしが書記官たる所以。わたしは、わたしの言葉を『本』を媒体にして伝えている。

「見てみたいわね、椿」

 好奇心に満ちたリコリスの声は、甘い。わたしは悪態を吐きそうになって──止めた。

 リコリスの好奇心が方々に向けられるほどに、わたしの仕事は増える。けれど、文句を口にすれば、今度は「仕事量ごとの反応」に興味を持つだろう。……文句を言おうが言わまいが、いずれは興味を抱きそうで怖いけれど。

 書記官の仕事は、様々だ。基本的には、ギルドの面々が見聞きした《物語》の記録。記録した物語は、ギルド外の人々へ届けられる。小説や絵本等の形で届くこともあれば、時には、音楽となって人々の耳に入ることもあるだろう。物語によって姿形を変えるから、必ずこの形で届く、とは言い難い。

〝 きっと、面白いのでしょうね。リコリス〟

 どの道、リコリスが人々の反応を見る日は来るまい。リコリスを始め、他のギルドメンバーたちは、世界の物語を見に行く以外に、外へ出る機会などないのだから。わたしたち『声』が作り上げた本が、世界各地にひっそりと現れ、日常生活に溶け込んでいる様子など、知る由もない。

 世界の物語は、過去の出来事──云わば、歴史。リコリスたちは、各世界の大地に染み込んだ記憶を覗くだけ。

 今も、この先も。リコリスたちは、ギルドと己の願いに囚われたまま、過去を観測し続けるだけだ。

〝次こそは、リコリスを本に書きますからね〟

 リコリスは小首を傾げて、微笑んだ。好きにしろ、と軽くあしらわれた気分になる。
 疲れを感じて、重苦しい息を吐きたくなって、また抑えた。どうせ、何を我慢したところで、本には記録されるだろうから、無意味だけれど。

 多分、わたしの心の内も、本に記されている。世界には、わたしが記した本と、物語を記すわたしごと記録する本が存在しているから。
 記録する存在が記録されているなんて、妙な心地になる。けれど、嘆いたところで、仕方がない。

 それが、世界のことわり。世界は、常に誰かに記録されている。

 わたしは、与えられた役割を全うするだけだ。

ここから先は

0字

【小説×音楽×イラスト】で《世界の物語》を記録する創作ギルドです。 個性豊かなギルメンたちの日常の記…

スタンダードプラン

¥500 / 月

プレミアムプラン

¥800 / 月

マスタープラン

¥1,000 / 月

この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?