ぼくが会社で使っている水筒はサビている
ぼくが会社で使っている水筒はサビている。
もう何年も前に買ったものだから無理もない。それでも捨てられないのは、この水筒に詰まった思い出があるからだ。
水筒を買ったのは、新卒で今の会社に入ったばかりの頃だった。初めての仕事に慣れる余裕もなく、毎日が緊張と失敗の連続だったあの時期。昼休みに誰にも話しかけられないまま、一人で公園のベンチに座り、この水筒のお茶を飲むのが唯一の心の休まる時間だった。
ある日、そのベンチにいつも座っている年配の男性が声をかけてきた。
「君、最近よくここで見かけるね。仕事で疲れてるのかい?」
不意に話しかけられて驚いたけれど、その人の穏やかな目を見ていると、なんだか心が軽くなるような気がして、自然と自分の話をしていた。
「まだ仕事に慣れなくて。毎日が失敗ばかりで、自分が情けなくなります。」
すると、男性は静かに笑って言った。
「誰だって最初はそんなものさ。でも、自分を責めることはないよ。このお茶が美味しいと思える間は、君の心は大丈夫だ。」
その言葉に、ぼくは少しだけ救われた気がした。
それから数週間、昼休みのその公園はぼくにとって大切な場所になった。男性との会話は特別なアドバイスがあるわけでもなく、ただ天気の話や趣味の話が中心だった。でも、それがぼくにとっては何よりも心の支えだった。
ある日、男性が公園に現れなくなった。しばらくして、ベンチに「お世話になりました。お元気で」という短い手紙が置かれているのを見つけた。その手紙には名前も連絡先もなかったけれど、ぼくは感謝の気持ちでいっぱいになった。あの日々がなければ、きっとぼくは今の自分に辿り着けなかっただろう。
あれから数年が経ち、仕事にも慣れたぼくは忙しい毎日を送っている。それでも、このサビた水筒だけは手放せない。あの時、ぼくの孤独を癒してくれたあのお茶の味と、公園の静けさと、男性の温かい言葉が、今でも水筒を開けるたびに蘇ってくるからだ。
今日もまた昼休み、ぼくはこの水筒を持って、会社近くの公園に向かう。新しい環境に馴染めずにいる誰かがいたら、あの日の男性のように優しい言葉をかけられるようにと思いながら。