能力高く優れた人(人生の試練 その8)

人権とは要するに、多様性の尊重。
一元的価値ではなく、多元性の志向。

全ての人は本来、個性のかたまり。
各人、それぞれ、特別な生きもの。
同一の基準で測れる性質は全くない。

当然、各人の能力も様々で多元的。

各人、すべからく天才であるし、凡人でもある。

能力が個性的なので、
努力の仕方も全く異なる。
同一の基準はない。

努力が多様なので、その成果も測りようがない。
成果で人を評価することは不可能。

今の日本の学校のように成績一元的な場は、
人権に最もふさわしくない教育環境。
刑務所や軍隊に近い環境。

企業などの組織も、成果や効率一元主義では、
人を遇するとはいえない。
奴隷や消耗品扱いに近い。

組織や団体はフラットなのが理想。
階層や序列のない組織。
各人が思い思いに自由に動く。

それでいて、全体としてまとまりある動きができる。

いわば、人体の各部がバラバラに動いているが、
全体として有機的に繋がっているように。

神経系はあるが、すべてを統制している訳ではない。
各部の信号の方が優位にあることも多い。

組織の理念が共有されているなら、
各人が自由に動いてもかまわない。
問題が起これば、ただちに関係者に問題事項が伝わり、
各人が自分の持ち場で解決に乗り出す。
その結果はすぐにフィードバックされる。

自己組織化が可能で、何事にも柔軟に対応する。
それが組織のあり方。

そこに序列や階層はない。

ただし、組織の中に、「自分は特別だ、
「自分は能力高く・優れている・エライ」
というような変なプライドの持ち主がいると、
組織は動かなくなる。

序列の上位を求める人のことだが。
やさしく言えば、出世や昇進を望む人たち。

このような輩は、いわば、組織のガンとも云える。

今日のブログはかなりキツイくなってしまった。

つづく

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