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M大学事件の松山地裁判決を読んで

令和5年12月20日に、この判決が出されています。

事件の争点としては、管理監督者要件への該当性、不法行為に基づく損害賠償など複数のことが包含されておりましたが、その中で、今回は、専門業務型裁量労働制の労使協定の無効判断について、感じたところを書こうと思います。

なお、資料として、労働経済判例速報(令和6年5月10日)を使用しました。

事件(訴え)の概要

被告大学に勤務していた原告甲ほかが、専門業務型裁量労働制を導入した就業規則の変更が無効であり、時間外勤務、休日及び深夜労働に関する未払い賃金の支払いを請求したものである(前述のとおり、この訴えの中には、このほかにもいろいろに争点があり、それぞれのことについて主張があったが、今回はそれらは割愛する。)。

 前提事実の概要

代表者選出規程

被告大学には「M大学における労働者の過半数を代表する者の選出等に関する規程」(以下「代表者選出規程」という。)があった。この中には、信任投票において選挙権者が投票しなかった場合には、有効投票による決定に委ねたものとみなす旨の規定があった。

平成29年度

(ア)平成29年4月25日、代表者選出規程に基づき、Aが過半数代表者に選出された(任期は平成30年3月31日まで)。このとき、選挙権者数は493名、信任数は124票、不信任数は0票だった。

(イ)被告大学の就業規則は、平成29年12月22日に改正(平成30年4月1日に施行)された。

(ウ)平成30年2月7日、被告大学は、Aに就業規則や協定書等の書類一式を提供し、Aは平成30年3月2日付けで専門業務型裁量労働制に関する協定に対する「意見書」を提出した。

(エ)被告大学とAは、平成30年3月16日付け「専門業務型裁量労働制に関する協定書」に署名押印した。

(オ)Aは被告大学に対して、平成30年3月20日付け「裁量労働制導入のための就業規則改正手続きのやり直しの要請」と題する文書を提出した(Aは、過半数代表者の職を辞したものと思われる。)。

 平成30年度

(ア)Aの後任の過半数代表者が選出されないままAの過半数代表者としての任期が切れたため、これを欠員(過半数代表者)としたまま、教職員会が推薦する教育職員2名と事務職員2名の計4名で、代表者選出規程に基づく選挙管理委員会を構成することとして、平成31年2月8日、Eを委員長として、被告法人過半数代表者選挙管理委員会が立ち上げられた。

(イ)平成31年2月27日、過半数代表者選出選挙が行われ、Fが過半数代表者に選出された(任期は平成31年3月31日まで)。

(ウ)Fは、平成31年2月27日付けで、専門業務型裁量労働制に関する協定に対する「意見書」を提出した。

(エ)被告法人とFは、平成31年2月27日付け「専門業務型裁量労働制に関する協定書」に署名押印した。

裁判所の判断

(ア)  過半数代表者の選出手続は、労働者の過半数が当該候補者の選出を支持していることが明確になる民主的なものである必要がある。

(イ)  平成30年度の専門業務型裁量労働制に関する労使協定の締結にあたり、Aを支持していた者は選挙権者全体の25%に過ぎない。また、選挙権者が投票しなかった場合には有効投票の決定に委ねるとする規定についても、これをもってAを支持していることが明白になる民主的な手続きとは認められず、Aを労働者の過半数代表者と認めることができない。よって、Aと被告大学との間で締結された平成30年度の専門業務型裁量労働制に関する労使協定は無効である。

(ウ)  平成31年度の専門業務型裁量労働制に関する労使協定の締結についても、次の点で不備がある。すなわち、代表者選出規程が、過半数代表者が指名する1名を含む5名の委員で過半数代表者選挙管理委員会を構成することを定めているところ、この過半数代表者が指名する1名が欠員のまま当該委員会を構成しているが、この者は選挙の中立性において重要な役割を担っていたものであり、その欠員は軽微な瑕疵ではなく、この者の欠員のまま当該委員会を構成したことは違法である。よって、Fを労働者の過半数代表者と認めることはできないので、Fと被告法人との間で締結した平成31年度の専門業務型裁量労働制に関する労使協定は無効である。

所感

労働者の過半数を代表する者

もともと労働基準法(以下「法」という。)第38条の3第1項は「使用者が、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者と」労使協定を行うことを、専門業務型裁量労働制を適用する要件としています。

このとき、過半数代表者であることの要件は、監督又は管理の地位である者ではないこととともに、労使協定の当事者となる過半数代表者を選出することを明らかにして実施される投票や挙手等の方法によって選出された者であって、使用者の意向により選出された者でないこととされています。

そして、ここでいう投票や挙手等の「等」については「労働者の話合い、持ち回り決議等労働者の過半数が当該者の選任を支持していることが明確になる民主的な手続が該当する」(令和3年版 労働基準法 上(厚生労働省労働基準局編)。以下「コンメンタール」という。)とされています。

平成30年度の専門業務型裁量労働制に関する労使協定に対する判断について

選挙は、民主的な代表者の選出方法ですが、これを前述のコンメンタールにある「労働者の過半数が当該者の選任を支持していることが明確になる民主的な手続」となると、確かに疑問が生じるところです。

法が「労働者の過半数を代表する者」を労使協定の相手としている以上、その選出方法が民主的な選挙であっても、求められているのはそうした方法ではなく、確かに過半数の労働者が支持している実質の部分だということです。私も選挙しなかった者の意思が白紙委任で有効投票の決定に委ねるとすることについては違和感がありましたが、それでも「選挙なんだから民主的な手続きといえるのではないか」とも最初は思いました。しかし、法の要件は厳格に適用していく必要があることを再認識しました。

平成31年度の専門業務型裁量労働制に関する労使協定に対する判断について

見ている資料が限られているので、もしかしたら私も誤解しているところもあるかもしれませんが、こちらは平成30年度の場合とちがい、選出された者が労働者の過半数の支持を受けているかではなく、学内の代表者選出規程が定める委員会の構成に反する状態の委員会が行った選挙だから、それによって選出された者に労使協定の当事者能力はないということです。つまり、民主的な手続きによって選出された者が指名した委員を欠く委員会には、選挙を行う権限がないということです。

しかし、先ほどのコンメンタールの記述を基にすると、大切なのは、選挙という制度ではなく、実質的に確かに過半数の労働者が支持している者が代表に選出されたということだと思います。

そうだとすれば、過半数代表者が指名した者を含めることで民主性の要素を高めた委員会が実施する選挙だから民主的手続きによる選出と評価できるということではないはずです。加えて、実際の選挙の投票また投票しなかった者の取り扱いは前述のとおりだったのですから、この委員会の構成の適正さだけを強調しても違和感は残ります。

結局、手段・方法の如何を問わず、法が求める民主的な手続きによって過半数代表者が選出されることが求められていると読むべきだと思います。

労使コミュニケーション

厚生労働省の「労働組合基礎調査」によると、2022年の労働組合の推定組織率は16.5%で1970年代から一環として低下しており、組合員数も999万人ほどで1995年の1,269万人から20%以上の減少です。

厚生労働省が令和5年10月20日に公表した「新しい時代の働き方に関する研究会報告書」では、「働き方の個別・多様化が進む、非正規雇用労働者が増加する、労働組合組織率が低下する等の状況を踏まえると、企業内等において、多様な働く人の声を吸い上げ、その希望を労働条件の決定に反映させるためには、現行の労働基準法制における過半数代表者や労使委員会の意義や制度の実効性を点検した上で、多様・複線的な集団的な労使コミュニケーションの在り方について検討することが必要である。」とされていることから、今後、「労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者」という要件についても議論が活発になっていくことでしょう。

 

以上が、この裁判例を読んだ私の所感です。

 

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