【小説】ラヴァーズロック2世 #39「L/R 2.0」
L/R 2.0
ケイ酸カルシウム板に四方を囲まれた純白の部屋。クレゾールとエチルアルコールの臭いがどこからか漂ってくる。
部屋の中央に置かれたベッドでロックは目覚めた。
こんなにも明るすぎる部屋で目覚めるのは初めての経験だ。
喉は痛いし、激しい悪寒のせいで身体の震えが止まらない。
ベッドの右側には小さな液晶パネルが取り付けられていて「お目覚めになられましたら、お呼びください」と表示されていた。
かれは、その文字をまるで別世界の事物のように眺める。
文字が点滅し始めると、かれの意識はまた遠のき始めた。
どれくらい時間がたっただろうか、悪寒はおさまったものの、今度は今までに経験したことのない倦怠感に襲われる。
ふたりの男がおざなりのノックをして部屋に入ってきた。
初老の男とそのアシスタントらしき若い男は、白衣にヘアーキャップのいでたちで書類をわきに抱えていた。
老人は名刺らしきものを差し出したが、ロックの手がピクリとも動かないことを確認すると、サイドテーブルの上に丁寧に置き、咳払いをひとつした。
「ご気分はいかがですか?」
老人はロックを気づかう言葉をかけはするが、一刻も早く仕事を終わらせてこの部屋から引き揚げたいという本心が、声のトーンからにじみ出ていた。
若いアシスタントの方も、足手まといになることを恐れているのか、効率よく事を運ぶことに集中するあまり、老人の一挙手一投足を段取りと照らし合わせることだけに全力を注いでいるようだった。
今回の処置、及び、本人への説明はロックの父親の承諾のもと執り行われると説明したあと、老人は資料の表紙をロックの顔の前に掲げた。
そこには〈L/R 2.0〉と書かれていた。
老人の説明に合わせてアシスタントが資料のページめくり始める。最初のページには、むかし保健体育の教科書で見たような、陰茎の断面図らしきものが描かれていた。
内部構造と機能の説明を受けながらロックはそっと目を閉じた。ここは地下なのか、あるいはシェルターの中なのか、通信が全くつながらない。これは、自力で何かを思いださなければならないようだ。
ロックは静かに記憶をさかのぼってみる。生暖かく、やがて冷たく下半身に張り付いてくる、幼いころの夜尿症の感覚。後戻りのできない、あの罪悪感。濡れたシーツ……シングルベッド……オータム・イン……。
「ご存知の通り、人体は細胞の集合体でありますが、分子の集まりでもありまして、要するに結局のところ〈電気的な澱み〉でありますから……」
老人は〈L/R 2.0〉の電源供給システムについての説明を続けているらしい。
「ここはどこですか? ホスピタルですか?」
朦朧としながらロックが訊くと、白衣のふたりは顔を見合わせた。
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