【小説】ラヴァーズロック2世 #50「お仕事ですから」
お仕事ですから
愛馬フォクシーにまたがり、ブルーバードは荒野を行く。
その後姿に哀愁らしきものは特にない。ただ、大男を乗せているフォクシーが不憫なだけだ。さぞ辛かろうに、この馬は文句ひとついわない。
結構な距離を移動しているはずなのだが、景色はいっこうに変化しない。それくらい、この荒れ地は広大だということだ。
こんな時は、毎日のパトロールで培った経験がものをいう。
自分の現在位置、進むべき方向をブルーバードは決して見失わない。それくらいの能力だったら自然に身についてしまっているのだ。
そう、一番危険なことは自信を失うこと。この土地で不安になるということは、即、死を意味する。
パニック状態になったら最後、さっきまでは何ともなかったはずなのに、突如、呼吸は荒くなり、喉の渇きと空腹にはたと気づいてしまい、これまでに身に着けてきた能力の全てが乾いた風に吹き飛ばされてしまうのだ。
そして、時々遭遇するマスタングの死骸みたいに、砂地に突き刺さった白骨へと一直線だ……なあ、フォクシー。
広大な大地で生き抜くには、あの遠くに見える巨大なモニュメントと同じくらいの自信が必要なのだ。
だが正直にいうと、さっきは少々危なかった。
変わらない景色の中をあまりにも長時間移動したせいで、実のところ自分は一歩も前に進んでおらず、時間も止まっているのではないかという疑いが一瞬頭をよぎったのだ。
かれは青空を見上げ、頭の中をリセットしようとした。すると今度は、ジェーンの顔がかれの頭の中を満たしてしまった。
かれは出発のとき、見送るジェーンに、今日中には戻れないかもしれない、といった。その時の彼女の顔が瞼の裏に焼き付いてしまったのだ。
あの、悲しみとあきらめの表情。
やはりそうだった……とジェーンは思ったに違いない。
あの日あのときの青空……地平線に向かって真っすぐに伸びる白い飛行機雲。それを見てしまった以上、出発しないという選択はあり得ないことを彼女はわかっていたのかもしれない。
それが男の愚かさかというものなのだろう。けれども、この愚かさを否定したら、かれは、かれでなくなってしまう。
彼女の笑顔の底に根を張っている身重の女としての覚悟が、身に染みるように伝わってきた。
だからこそ、無事に帰らなければならないのだ。
今はもう見上げた空に飛行機雲はないけれど、日々追い求めてきた異常事態が、あの地平線の彼方にあるはずなのだ。
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