例のシチュエーション

今回はまりなとユイトの母、幸さんのお話。
(みんな、まりなのこと忘れてたでしょ?ちょっと久しぶりにご登場願いました笑ネタ切れというより、また過去周りでぽろっと書こうと思うことが出てきたので)

まりなが小4で、ユイトが保育園に通っていた頃、幸は学生時代からの親友咲子と典子と旅行をすることになった。夫の照も大学のサークルが同じなので、咲子と典子とは親しい。ちなみに典子には、まりなとひとつ違いの娘のサツキがいる。お互いの出産後も家族ぐるみでの付き合いが続いており、子供を置いてたまには旅行を、という話になったのだ。主婦が子供を置いて家を空けるには、いくつかのハードルがある。それは子供の「行かないで〜」という制止の場合もあるだろうし、細々したスケジュールの調整や根回しかもしれない。
山野家の(山野さんなのもみんな忘れてたでしょ?)場合、それは夫の無理解であった。夫の照は、家族に関心がない。事実「友達と旅行に行ってくる」と告げると「あっそう。」としか言わない。表立って反対はしないが、責任を持って子供達の面倒を見る、という訳でもないのだ。仕方がないので、幸は近所に住む両親に来てもらうことにした。まりなも不機嫌を撒き散らす照との留守番はイヤなようで「じいじとばあばが来るならいいよ」と言ってきた。両親が来て、小学生のまりなはもちろん、ママっ子のユイトも珍しくすんなり送り出した。

幸の両親は、なかなかキャラの濃い夫婦である。幸の母、房代は孫が嫌いなわけではないが、元来気持ちが昂りやすい。そして声がキンキンしていてデカい。房代は、孫の面倒を見にきたのにいるだけで何もしない夫の茂に苛立っていた。夫に付き従う、ということがスタンダードな年代には珍しく「じいじは、本当にこういう時に役立たずなんだからッ」とハッキリ言う。(クソデカボイスで)そして茂は、家事はまるで役に立たないが孫とのコミュニケーションは好きな方だ。明るい性格で、ふざけるのが好きでユイト相手に「変なおじさん」を無限にやったり(何故)まりなには「英語の勉強はどうなの?」と聞き、不意に英語で質問をして英語力を試すことを忘れない。テレビをみたり、ユイトとまりなはリビングの横の部屋で遊んだり、子供たちと祖父母は賑やかに過ごしていた。夕食の時間になると、部屋に篭りっきりの照に声をかけるのは、まりなの役目だ。
「まりなちゃん、パパ、ご飯召し上がるかしら。声かけてきて。」
まりなは若干気が重いなぁ、と思いながら父の部屋に入る。
「パパ、ご飯」
「今いく。」ここで部屋に篭りきりだった照はようやくリビングに顔を出す。
だが「お義母さんすみません、お世話になってます」などと挨拶をするわけではない。普通にしれっと義母の料理を食べてまた部屋に戻っていくだけだ。照は部屋に戻ったが、その間も祖父母と子供たちは賑やかに過ごす。翌日も幸の帰宅まで、明るい雰囲気で時間は流れてゆく。

それが気に入らなかった人が約1名いる。翌日帰宅し、幸が照に「ただいま」といった二言目はこうである。「幸、お前の両親なんなんだよ、うるさいんだよ、こっちは疲れて、メンタルしんどいのに」
幸は急激に楽しかった気持ちが冷め、その後2度と子供を置いて旅行には行かなかった。改めて照は、妻にも義両親にも、子供達にもリスペクトがとことんないことがよくわかった。
この一件、幸にとっては家庭生活の中の相当なわだかまりとして残っていた。
子供の前で、別の友人にこの話をしたことも一度や二度ではない。

20年後、幸はまりなとお茶をしながら典子に最近会った話をする。
「そうそう!典子とこの前あったらね、例の旅行の話になったの。また照のあの時の嫌味を思い出しちゃった。典子は典子で、あの旅行のことで別のことを覚えてて、ウケたw」
「あぁ、パパあの時の不機嫌だったもんね〜〜。雰囲気最悪だったわ。
ってか、ママほんとにあの時のパパの言動がネガティブに刻まれてるんだねー。
私はパパに言われた嫌なことしょっちゅう口に出すけど、珍しいよね、ママが言うの。」
「え?言ったこと何回もあるじゃん!」
「でも次の瞬間、ケロッと典子と咲子がさ〜って話し出したのはママだよね。
そういや、あの時買ってきてくれたご当地キティーのボールペン覚えてる?
ってか20年前のこと覚えてる私怖くね?」
まりなは母があの時買ってきたボールペンを思い出しながら、どれだけその一件が母にとって重かったか、ようやっと理解した。