アプリ『マギアレコード』第2部クライマックスに追いつくべき4つの理由(ネタバレあり)
アプリ『マギアレコード』第2部〈集結の百禍編〉が完結を迎えそうです。アプリ自体は5周年、第2部は2019年の開始から3年を数えて、現在最終章となる12章の前編が配信されています。
ずっとメインストーリーを追っているファンからは、アニメ化された部分に相当する第1部よりも面白いとの声も多く(自分もそう思います)、今からでも追いついてほしい、リアルタイムですごいものを見せてくれると思うから……と熱い推薦の声をちらほら目にするのですが、どうにもファンコミュニティの外側には十分に伝わっていないようにも思います。
というわけで僭越ながら筆をとった次第です。「まったく知らない状態で自分がこれを見たら、きっと読みたくなるだろうな」というポイントを4つにまとめました。(自分がネタバレには許容範囲が広い人間なので、そういう人だけ以下は読むようにしてください!)
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ポイント① キャラクターの「死」が描かれる
いきなりネタバレですが、メインストーリー11章までにネームドキャラが3人、命を落とします。
ポイント② キャラクターが抱えているものが重い
孤児となったあと人身売買組織に売られ、窮地を脱するため自らが「この世すべての悪」になることを願う。結果として、自分が善意で関わった人がもれなく不幸になってしまう体質になった女性
無差別殺人犯に教室ごと襲撃され「私だけは助けて」と願った結果、自分以外の生徒が全員死んでしまった(それ以来自らを「人殺し」と定義するようになった)小学生
幼馴染の恋人がイジメを苦にして目の前で自殺、願いでその恋人の精神が自分の「頭の中に住む」状態になる。その結果独り言が多くなり周囲から疎んじられるようになり、(頭の中の恋人とともに)世界に復讐しようとする14歳
魔法少女→魔女になるということが一般市民にバレ、町ぐるみの撲滅運動(学校内のイジメにはじまり、果ては猟銃やナイフを使っての虐待まで)の標的になった過去を持つ魔法少女グループ
などが出てきます。
こうした悲惨さ、過酷さをのっけから強調するのは我ながらどうかと思うのですが、これらの要素が単なるスパイスとしてでなく「希望と絶望をめぐる群像劇」の説得力を増すものとして取り入れられていることをお伝えしたいのです。
『マギアレコード』はいわゆる運営型のスマートフォンゲームであり「ガチャ」による収益で成り立っています。必然、多くのネームドキャラクター=魔法少女が登場することになる。
そして本作の肝はそれぞれの魔法少女に、どのような半生を送りキュゥべえと契約するに至ったかの「魔法少女ストーリー」が付属していること。同じ魔法少女といえども抱えた背景は異なり、「魔女と戦い、やがて自らも魔女になる」という「宿命」の共有だけで果たして一枚岩になんてなれるのか? という問いが、第2部での通奏低音をなしています。
第2部から登場した魔法少女たちはいくつかのグループに分かれていて、最終盤までチーム戦としての様相を呈していました。各グループの(開発段階での)コンセプトについては2021年の「f4ファンフェスティバル」にてシナリオライターの方からスライドが開示されていたので参照してみてください。
なお、それぞれのグループには結成秘話を描いたイベントストーリーがあり(「深碧の巫」「Crimson Resolve~深紅の決断~」「ディペンデンスブルー」「灰色革命」の4本)これらはメインストーリー並の重要度がありますので、できればアーカイブ機能を使って触れておくことを推奨です。
ポイント③ SFとしての魅力
大前提として『マギアレコード』の世界は、アニメ『魔法少女まどか☆マギカ』からは切り離された世界です。「女神様」となった鹿目まどか、通称「アルティメットまどか」から見てもおかしな振る舞いをしている「レコード」が『マギアレコード』の世界だというのです(具体的には、主人公の環いろはは他の「レコード」では魔法少女にはなりません)。
この「レコード」という概念自体どうにも漠然としたものなのですが、いわゆる平行世界的なものとはちょっと違うよう。先ごろ配信された12章前編では、ご丁寧にも作中キャラクターにこんな台詞を言わせています。
ちなみにアニメ版にしても、総監督の泥犬氏いわく「アプリ版マギレコという唯一宇宙を、円環内にその一部分を映し取って補完した形」(2021年4月4日のツイート)、つまりアルティメットまどかによる一種のシミュレーションだったことを明かしています。こうした「もしも」の可能性はたびたびイベントストーリーでも描かれますが、ほぼすべてが劇中劇や夢の中の世界の話として処理されます。
その上で第2部では“宇宙の意思”なるものの存在が焦点になります。人間の感情エネルギーを搾取するキュゥべえ(インキュベーター)も決して上位存在ではなく、背後にはキュゥべえをも支配下におく「宇宙の熱的死を回避するシステム」、それを制御している神とでも呼ぶべき存在がいるのではないか。
魔法少女=魔女がいなくなってしまうと宇宙にとって都合が悪い。魔法少女の存在を世間に知らせようとすると「神」による修正力が働くし、ゆえに文献の類にも記録が残っていない……と、第2部のキーパーソンである民俗学者・里見太助は言います。
取り急ぎ重要なのは、“宇宙の意思”=「アルティメットまどか」ではない、ということです。『マギアレコード』、少なくとも第2部は、「アルティメットまどか」ではない「別の神」の存在を前提として「希望と絶望の物語」を描こうとしている。
鹿目まどかによる「すべての魔女を生まれる前に消し去りたい」という願いによる救済とは別の形で――泥にまみれ、傷つけ合い、奔走し、本当に存在するかもわからない「神」に抗いながら――環いろはたちは人類と魔法少女の幸福を探っているのです。
(この意味で、もはや『マギアレコード』は「魔法少女まどか☆マギカ外伝」とは言えない、とも思います。「別の神」を前提とした独立した一個の神話として、ただ『マギアレコード』と呼びたくなります)
ポイント④ メタフィクションとしての魅力
里見太助と並んで第2部のキーパーソンとなるのが、佐鳥かごめというキャラクターです。彼女は第2部開始当初一般人で、環いろはに魔女から救われたこと、里見太助との出会いをきっかけに「魔法少女の存在を手記としてまとめたい」という動機をもって行動するようになります。彼女は中立的な立場から対立を激化させていく各グループに取材を重ねていき、各章の冒頭には彼女の俯瞰視点からのナレーションが入る構成になっています。
いわば、佐鳥かごめはこれまで『マギアレコード』という物語を読んできた私たち「読者」の写し身といえます(ちなみにユーザー名がそのまま名前に反映されるキャラクターとして「小さいキュゥべえ」がいますが、こちらはガチャを引きたい=より強い魔法少女を手に入れたいという「キュゥべえ的な欲望」の写し身といえるでしょう)。
第2部のオープニングアニメーションですでに予告されていましたが、最終的に彼女は魔法少女になります。多数の魔法少女と関わるという――暁美ほむらの、ただひとりのためにループを繰り返したというのとはある意味正反対の形で――因果力を高めた彼女が、どのような局面で、どのような願いを叶えるのかというのはすべての読者が注目してきたところでした。
彼女の魔法少女としての固有能力は12章前編を終えた時点でも明かされておらず、どうやらその内容が最終局面の絶望的な状況を打開する鍵になりそうです。不確定な事項が多いため憶測は慎みたいところですが、キーワードとして「AIによるシミュレーション」があります。
このAIシステムは、ゲームとしての『マギアレコード』をも支える根幹システム、「ドッペルシステム」(註:舞台となる神浜市内では魔法少女は魔女にならない)を考案した里見灯花と柊ねむによって作られています。その内部には、きわめて高度に魔法少女たちの振る舞いをトレースしたbotが存在しているのですが、そこに佐鳥かごめ=私たち「読者」によるこれまでの出来事の記録=読書体験がフィードバックされることで、新たな物語の可能性が生まれる。魔法少女となったかごめの固有能力が、そんな「物語の可能性」にまつわるものだったとしたら……という想像が促されるのです。
あくまで傍観者の立ち位置だった私たちの「読む」「記録する」という行為が、最終的に物語を良い方向に導くかもしれない。これが『マギアレコード』第2部最終章をリアルタイムで見届けてほしいという、一番の理由です。
おわりに
アプリ『マギアレコード』の魅力は他にもたくさんあります。アニメ版で悲劇的な役割を演じたオリジナルキャラクター・黒江に対するアプリ版独自の救済も素晴らしかったですし(イベントストーリー「七色夏模様〜ノートに記された日常〜」の黒江編。泥犬氏によると今後も「アプリでの着地点」を作れないかと検討しているとのこと)、一般市民の政治的分断を魔法少女たちがSNSやYouTubeを駆使して解く(アナザーストーリー第2部10章「向こう側の水面に映る影」)といった、現代社会の問題を考えさせる展開も随所で光ります。何よりキャラクターひとりひとりが生きていて、誰ひとり傍観者にさせないという真摯な思いを感じるのです。自分とどこか似たところを持ったキャラクター(魔法少女)にも、きっと出会うことができるでしょう。
途中までは触っていたけど……という人、アニメの放送を機にインストールしてそれきりになっている人、もちろんこれから始めてみようという人。ぜひ、この物語のクライマックスを見届けてくれる人がひとりでも増えるといいなと思っています。