消えた光、燃えた記憶

廃墟の街に漂う絶望

焦げたビルの残骸が広がる廃墟の街。街全体が深い悲鳴を上げるように沈黙していた。空に立ち上る煙は、まるで祈りのように昇り続けるが、それが届く先は虚無だけだった。祐介は、崩れ落ちた鉄骨の間を歩きながら足を止めた。

視線の先には、炎の光に照らされた少女――真理。

彼女の周りでは、白いローブをまとった教団「浄化の光」の信者たちが無言の圧力を放ちながら祐介を取り囲んでいた。彼らの瞳は狂気に染まり、まるで命を懸けることすら厭わない熱意が宿っている。風が吹くたびに、ローブがひらひらと揺れ、彼らの動きが炎の光の中で不気味に歪んで見えた。

真理はその中心に立っていた。かつての彼女を知る者が今の彼女を見れば、きっと言葉を失うだろう。その顔にはかつての優しさや純真さの影すら残されていなかった。代わりに、燃え盛る怒りと底知れぬ冷たさが刻まれていた。

祐介は、喉がかすれるのを感じながらも彼女の名前を呼んだ。

「真理……」

だが、真理は答えない。ただ炎の中に立ち尽くし、彼を見下すように微笑んでいる。その手には火炎瓶が握られていた。

「どうして、こんなことを……」

祐介の声は震えていた。

長年の幼なじみであり、自分が最も大切に思っていた存在。いつも隣で笑っていた彼女が、どうしてこんな姿になってしまったのか。

真理はその問いかけに、ゆっくりと首をかしげた。その仕草はかつての彼女を思い起こさせるほど無邪気なものだったが、次の瞬間、彼女の唇が冷たく歪んだ。

「どうして?」

彼女の声は静かだったが、その一言には底知れない怒りが込められていた。空気が一瞬で張り詰め、周囲の信者たちが息を飲む音すら聞こえそうだった。

「それを聞きたいのは、私のほうよ。」

彼女の言葉に、祐介は胸が締め付けられるような感覚を覚えた。彼女の瞳には、自分を責める光が宿っている。それはただの非難ではなく、彼自身が理解しきれないほど深い感情――悲しみと怒りが渦巻いていた。

「私をこんなふうにしたのは、あなただ。」

不意に蘇る記憶

その言葉を聞いた瞬間、祐介の脳裏に、ある光景がフラッシュバックのように浮かんだ。

二年前――彼女が事故に遭う前の日。

祐介は真理と何気ない会話を交わしていた。あの頃の彼女は、今とはまったく違っていた。透き通るような笑顔で、何も疑うことなく彼を信じていた。

「ねえ、祐介。ずっと一緒にいられるよね?」

彼女の言葉に、祐介は答えを濁した。実際、そのときの彼の心は別の場所にあった。綾乃――もう一人の幼なじみであり、当時彼が密かに付き合っていた少女――のことで頭がいっぱいだった。

その夜、祐介は綾乃と会うため、真理からの連絡を無視した。

彼女はその夜、偶然にも二人が一緒にいるところを目撃してしまった。そして、その直後、彼女が事故に巻き込まれたことを祐介は知る。

「俺のせいだ……」

記憶を失った真理に、祐介は真実を告げることができなかった。彼女のそばにいることで、自分の罪を償えると思っていたのだ。だが、今目の前にいる真理は、自分を赦してくれるどころか、すべてを知り、怒りと憎しみに燃えている。

炎の中の対峙

「どうして、祐介。」

真理は再び問いかけた。

「どうして、あの夜私を放っておいたの?」

祐介は言葉を探したが、何も出てこない。ただ立ち尽くす彼に、真理は冷たく笑みを浮かべる。

「あなたはいつだって、自分の都合だけで動いていた。私のことなんて、どうでもよかったんでしょう?」

「違う!」祐介は声を張り上げた。「俺は、お前を――」

「私を守りたかった?」真理が遮る。「それとも、罪悪感を隠したかっただけ?」

彼女の手に握られた火炎瓶が揺れる。炎の光が彼女の顔を照らし、さらに不気味な影を作り出していた。

「この街も、この世界も、もうどうでもいい。」真理の声は静かだったが、祐介の胸を切り裂くような重みがあった。「私はただ、自分の記憶を返してほしいだけ。」

「真理、それは――」

祐介が近づこうとした瞬間、信者たちが一斉に動き出し、彼を囲んだ。

「もう遅いのよ、祐介。」

真理の唇から囁かれたその言葉に、祐介は絶望を感じた。彼が取り戻したいものは、もう取り戻せないのかもしれない――そう思わずにはいられなかった。

燃え盛る炎の中で、二人の運命はますます交差し、ねじれていく。

交差する過去と現在

真理、祐介、そしてもう一人の幼なじみである綾乃。三人は幼少期からいつも一緒だった。田舎町の古い学校の帰り道、夕日に染まる土手で語り合う彼らの姿は、誰もが羨むような絆そのものだった。

真理にとって、祐介と綾乃は「家族」と呼べる存在だった。真理は両親を早くに亡くし、祖母に育てられた。時には寂しさを感じることもあったが、祐介と綾乃と一緒にいるときだけは、それを忘れることができた。

三人で秘密基地を作ったり、近くの川で魚を捕まえたり――そんな日常が真理の支えだった。特に祐介には絶大な信頼を寄せていた。彼の何気ない言葉や行動に救われることが多かったのだ。

だが、二年前のあの事故が、すべてを壊した。

ここから先は

7,848字

¥ 300

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?