美の檻②
第5章 深い闇の中で
若菜は、すっかり整形依存の渦に巻き込まれていた。「次の手術さえうまくいけば、理想の自分に近づける」という幻想が、彼女を手術台に向かわせ続けた。毎回、医師の説明を聞きながら、「これで最後」と自分に言い聞かせていた。しかし、実際には新たな不満が次々と湧き上がり、そのたびに「もう一度」を繰り返していた。
失敗の影
ある日、若菜は小さな調整手術を受けた。目尻をさらに引き上げ、フェイスラインをシャープにする施術だった。しかし術後、若菜の顔には異常な腫れが生じ、数日経ってもその腫れが引かなかった。
クリニックを訪れると、医師は「個人差がある」と説明したが、若菜の心は落ち着かなかった。数週間後、腫れはやや引いたものの、目元には不自然なシワが現れ、フェイスラインには歪みが生じていた。
「これじゃ、前よりもひどい……」
若菜は鏡の前で泣き崩れた。これまで積み重ねてきた整形の成果が、一瞬にして無駄になったように感じられた。
「失敗」の烙印
若菜はSNSに写真をアップするのが好きだった。整形後の「美しい自分」を自慢する投稿には、多くの「いいね」とコメントがつき、彼女の自信を支えていた。だが、今回の失敗は隠しきれなかった。
「若菜さん、顔どうしたの?」
「整形しすぎて失敗してるよね?」
そんなコメントが寄せられ始め、さらに悪意のある投稿が拡散された。
「整形依存の末路」「怖い顔になっちゃった人」
匿名のユーザーたちは、彼女の写真を勝手に編集し、嘲笑の対象にした。
若菜はスマホを握りしめたまま、震えていた。
「どうしてこんなことに……」
その夜、彼女はアカウントを削除した。それでも、一度広がった情報は止められなかった。
孤立と引きこもり
若菜は次第に外出することが怖くなった。近所の人や職場の同僚が、自分の顔を見て何かを思うのではないか――その不安が、彼女の足を外に向かわせなくした。
「この顔を見られるくらいなら、死んだほうがマシ……」
部屋に閉じこもる生活が始まり、若菜の一日はほぼ同じことの繰り返しだった。昼過ぎに起き、鏡の前で自分の顔をじっと見つめる。欠点を見つけてはため息をつき、過去の写真と比較しては後悔の涙を流す。そして夜になれば、ネットで「整形修正」「整形失敗の回復方法」を延々と検索する。
誰にも会いたくない。誰も信じられない。
彼女の部屋には、窓から差し込むわずかな光だけが存在していた。
限界を迎える心
若菜の生活は完全に崩壊していた。ローン返済の督促状がポストに溜まり、職場からも解雇通知が届いた。親しい友人たちは何度も連絡をくれたが、若菜はその全てを無視した。
ある日、彼女は再び鏡の前に立った。そこに映るのは、かつての自分とも、理想を追い求めた自分とも違う、不自然で疲れ切った顔。
「もう私じゃない……」
若菜は鏡を叩き割った。散らばった破片の中で、彼女は涙を流しながら崩れ落ちた。
希望を見失う
若菜は完全に孤独だった。誰かに助けを求めることも、自分を取り戻すために動くこともできなかった。ただ、鏡の中の自分を否定し続ける日々。
「私はどこで間違えたんだろう」
その問いの答えを見つけることは、彼女にはもうできなかった。
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