![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/170865223/rectangle_large_type_2_8bf78eff4b7b21dbdb83983e19492156.png?width=1200)
ヤクザ、アイドルを目指す②
第5章:初の大舞台
黒龍乙女団にとって、アイドルグループとしての名誉をかけたライブが、ついにその日を迎えた。何ヶ月も続いた厳しい練習、世間の冷たい視線、内心で揺れ動く不安――それら全てを乗り越え、ようやく掴んだこのチャンスは、何にも代えがたいものだった。メンバーたちは緊張と興奮が入り混じる中、いよいよその大舞台に立つ準備を整えた。
会場は、これまでの小さなライブハウスとは比べ物にならないほど広く、煌びやかなライトが照らす中で、何千人もの観客が待っていた。今まで見たこともないような規模のステージに、メンバーたちは自分たちがここに立つ意味をひしひしと感じていた。これが成功すれば、「黒龍乙女団」としての存在を世間に知らしめることができる。それにより、グループは次のステップへ進むことができる――それだけは、メンバー全員の共通する思いだった。
だが、予期せぬ事態が起こる。
ライブの前日、突然メディアからスキャンダルの報道が流れた。メンバーの一人、鉄尾の過去が掘り起こされたのだ。彼が以前、あるヤクザ組織の構成員であり、過去に不正な取引や暴力事件に関与していたという情報が、急速に拡散された。報道は、「元ヤクザのアイドル」として、過去を隠しながらアイドル活動をしているというセンセーショナルな内容で、一夜にして鉄尾とグループ全体が批判の的となった。
鉄尾はこれまで、組織を抜けた後も心の中で自分の過去と向き合い、罪を償ってきたつもりだった。しかし、この報道で過去が全て暴かれたことで、彼の心は大きく揺れ動いた。周りがどう思うか、何を言われるか――それでも彼は、アイドルとしての活動を続けたかった。それは、過去を乗り越えて新たな自分を証明するためだったからだ。
だが、現実は厳しかった。ライブ当日、観客席には冷ややかな視線が漂い、SNSではメンバーへの非難の声が相次いだ。鉄尾の過去を知ってか知らずか、客席からは心ない言葉が飛び交い、グループのパフォーマンスに集中できない空気が立ち込めた。ライブの開始早々、メンバーはその重圧に押しつぶされそうになり、ステージ上で動揺を隠しきれなかった。
歌い出しから、メンバーは何度も振り付けを間違え、歌詞も怪しくなり、笑顔を作ることさえできなくなった。観客の中には呆れた顔をしている人もいれば、口を開けて見守るばかりの人もいた。だが最も辛かったのは、メンバー自身だ。彼らは、今まで一緒に努力してきた仲間として、お互いに支え合いながらこの瞬間を迎えるつもりだった。それが、次々と崩れ落ちていく現実に、無力さを感じずにはいられなかった。
ライブ終了後、メンバーたちはステージを降りるとすぐに楽屋に引き込まれた。鉄尾は黙り込み、顔を伏せて座り込んでいた。他のメンバーも言葉を失い、何も言えなかった。雅也が静かに口を開いた。
「今までの努力が無駄だったわけじゃない。だが、俺たちが直面している現実は、これだけじゃ済まない。」
「でも…どうしても、俺たちにはこんなに重い過去があるんだよな。」鉄尾は、深い溜息をついて言った。「どうしても、前に進めないんじゃないかって思う。」
「そうじゃない。」雅也は鉄尾の肩を叩き、強い目で見つめた。「俺たちが過去を乗り越えられないなら、アイドルなんてやる資格はない。でも、今はただ一つ。これを乗り越えなきゃ、何も始まらない。」
その言葉に、他のメンバーたちも少しずつ心を動かされ始めた。みんな、過去のしがらみや世間の目に恐れていた。でも、それを恐れていては一歩も踏み出せないということに、ようやく気付いたのだ。
「俺たちは今、アイドルなんだよ。」久保田が少し顔を上げて言った。「過去のことがどうあれ、今、目の前のファンに届けたいんだ。俺たちの本気を。」
「そうだ。」鉄尾が深呼吸しながら立ち上がった。「過去がどうあれ、俺はアイドルとして生きる。今はそれが全てだ。」
その言葉を聞いた瞬間、メンバー全員が頷いた。何もかもが崩れ去ったと思ったが、逆にその崩壊こそが、今後の強さへと繋がると確信した。それから、彼らは改めて決意を固めた。
翌日の練習では、昨日の悔しさをバネにして、さらに一丸となってパフォーマンスを磨き上げた。ファンの目がどうであれ、自分たちの信念を貫こうと決めたのだ。
ライブで失敗したその日、メンバーたちは自分たちの弱さを認めた。だが、それを乗り越えることで、真の意味でのアイドルになれると感じた。過去の影を背負いながらも、それを乗り越えて一歩踏み出す勇気こそが、彼らを本物にしていくと信じて。
そして、次にステージに立った時、黒龍乙女団は確実に変わっていた。
ここから先は
¥ 200
この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?