ライオンズの誓い 、僕たちの未来へ②
第2章 - 新しい風
転校生の登場
春の陽気が続き、ライオンズのチームは春季大会を控え、順調に調整を進めていた。練習場は熱気に包まれ、みんなが次の試合に向けての準備に余念がなかった。そんな中、町の学校に新しい転校生がやってきた。彼の名前は高橋誠(マコト)。以前、彼が通っていた学校では、リトルリーグのエースピッチャーとしてその名を轟かせていたという。エースとしての活躍ぶりが評判になり、プロ野球のスカウトからも注目されていたと言うのだから、その実力は本物だった。しかし、転校生として現れたマコトの姿は、彼が期待されるほど派手ではなかった。
最初、マコトはチームに溶け込むことができなかった。彼の物静かで控えめな性格が、周囲の少年たちとどこか距離を感じさせていた。練習中でも目立たず、自分から積極的に話すこともなかった。周りはそんな彼に少し不安を感じ、最初はどう接すればよいのか分からなかった。しかし、彼には誰もが認める実力があった。それでもマコトは、他のメンバーと違い、常に一歩引いた位置でいることを選んでいた。彼が目立たずにいるのには、ある理由があった。
それは、過去の傷だった。マコトは以前、大怪我を負ったことで、プロ野球の夢を断たれてしまった。かつてはスカウトから注目され、プロ入りの可能性が高かった彼の未来は、手術とリハビリで大きく変わった。あの時、手に入れるはずだった未来を失ったことが、今でも彼を苦しめていた。そして、それがマコトが他人と心を開かず、控えめな態度を取る理由でもあった。
「新しい仲間か…」
直樹はマコトがチームに加わることを聞いたとき、正直に言えば喜びよりも不安の方が強かった。自分のチームでの立ち位置が脅かされるのではないかという恐れがあったのだ。直樹はライオンズのエースキャッチャーとしての自負があり、そのポジションに対しては強い誇りを持っていた。だが、マコトがピッチャーとしてチームに加わると聞いた時、その誇りが少しずつ崩れるような感覚に襲われた。
練習で初めてマコトと一緒にプレイした時、直樹はその才能に圧倒されるのを感じた。マコトが投げるボールは、思わず息を呑むほど速く、正確だった。彼の投球フォームは無駄がなく、まるで誰かが手取り足取り教えたかのように完璧だった。直樹はその腕前に圧倒され、同時に自分のキャッチング技術に自信を失うことを感じていた。
「すごいな、あのピッチャー…」
ケンタもまた、マコトの登場に驚きを隠せなかった。特に初めて一緒に練習した時、マコトの捕球技術に圧倒されていた。ピッチャーとキャッチャーとしての相性も抜群で、彼の投げるボールを確実に受け止めるマコトの姿勢は、まるでそれが当たり前のことのように自然だった。その冷静さと正確さに、ケンタは心から感心していた。
だが、マコトの姿勢には他の何かがあった。彼はまるで、周囲が自分をどう見ようと気にしないかのように振る舞っていた。ケンタはそんな姿勢に最初は違和感を覚えたが、次第にその姿勢が持つ深い意味を理解し始めた。マコトは、力を誇示することなく、ただ一心にピッチングに集中していた。それは、過去に一度はその才能を手にしたが、それを失ったことで、自分の力を無駄に見せないという決意を表しているように感じられた。
「すごいな…でも、あいつ、ほんとに無駄なことはしないんだな」
ケンタがそのように感じた時、マコトが一度も自分から話すことなく黙々と練習を続けていた。彼の目は、ただひたすらにボールを捕えることだけに集中しており、余計な感情を表に出すことはなかった。それが逆にケンタに後ろめたさを感じさせた。自分が自信を持っているつもりでも、どこかマコトには勝てないような気がしていた。
だが、そんな中で、マコトの持つ真摯な態度に心を打たれる瞬間が訪れた。ある日の練習後、ケンタは思わずマコトに声をかけた。
「お前、いつも黙って練習してるけど…なんでそんなに静かなんだ?」
マコトは一瞬驚いたような表情を見せた後、少しだけ微笑んだ。
「静かにしている方が、自分の思考に集中できるんだ。それだけだよ。」
その言葉にケンタは何かを感じた。マコトの謙虚さと控えめな態度は、単なる性格の問題ではなく、過去の傷を乗り越えるために必要な姿勢であることを、少しずつ理解し始めたのだった。
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