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歌詞 うたうこと

もしも私が戦の絶えぬ 荒れた大地に生まれたのなら
歌を知らずに生きるのでしょう
わずかな水を奪い合い
声を嗄らしているのでしょう

もしも私がすべてを失くし あてなく路上を彷徨うのなら
歌うことなど憚るでしょう
しめった寝床に冷たいまなざし
私はどこかへ消えるのでしょう

もしも私が心を閉ざし 部屋から一歩も出られぬのなら
歌うことすら儘ならぬでしょう
愛してやまないあの曲を
聞くことさえも忘れるでしょう

私はそれが恐ろしい
しがみつきたい 亡者のように
私に歌を ここに留めて
苦しみも別れも 抱きしめるから


ある歌手に曲を提供させていただきました。

ひとつひとつの歌をとても大事に、愛おしそうに歌う方で、ステージに立つとすごく、キラキラとしています。
けれども、歌を聴きながらふと、この人から歌が無くなってしまったら、どうなってしまうんだろうと不安や悲しみがよぎりました。
(まるで絵本「しろいうさぎとくろいうさぎ」で、うさぎが突然、考え込んでしまったみたいに)

そうして生まれたのがこの曲です。

書きたくてたまらない!書かずにはいられない!という衝動で突っ走った。そのために仲のいい人たちとの飲み会を一つ断りました。ごめんなさい。

詩は1日で一気に書き上げました。
メロディもそれほど時間はかかりませんでした。
その後がなかなか大変で、何日も唸りながら修正しました。

歌を愛し、これからますます歌を極めていこうという人に対して、酷な歌詞だろうか。でもこれも事実じゃないだろうか。心の内ではどう思っているんだろう。
色々葛藤しながら、「ギリギリまで悩んでいいよ」という言葉に甘えて何度もリテイクさせていただきました。ありがたい…


その他の芸術もそうでありますが、歌や楽器は、ある一定のレベルを超えたとき、より高みを目指したいと思ったとき、必ず壁にぶつかります。
高い声が出ない、指が短い、素早く動かせないなど、肉体的な限界。思うように表現できない、他人と比べてしまうという精神的な苦しみ。
そして音楽は素晴らしい出会いをくれる一方で、熱量の濃淡、好みの差異、尊敬する音楽家の死、仲間内の恋愛や友情のすれ違いによって生じる、出会わなければ悩まずに済んだ別れも、数え切れないほどあります。

それでも、じゃあ、そんなに苦しいなら引き取ってあげるよって言われたとして、手放せるわけないじゃないですか。もうそれどころじゃないくらい、身体に染み込んでしまっているんだから。

「うたうこと」というタイトルは最後につけましたが、もしこのタイトルがお題として先にあったら、歌うことの素晴らしさや喜びを歌い上げるような前向きな詩になっていたかもしれません。
そうではなくて、歌が無い人生が他人事であって他人事ではないという実感、覚悟と救いを求める気持ちが入り混じるような状態を追求したつもりでしたが、どうだっただろうか。

曲を完成させるにあたり、本人と編曲者には、随分とわがままを聞いてもらいました。
こんなに私の作る音楽に全力で向き合ってくれる人たちに、初めて出会いました。

この曲がどういう未来を歩むのか分からないけれど、少なくとも私はずっと覚えています。

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