映画のような、夢のようなホテルの世界。「エロイーズ」から、「CINEMATIC HOTEL」まで。
ここ最近、パイ・インターナショナルから出ている写真集、「CINEMATIC HOTEL ~まるで映画のような世界のホテル~」を見て、空想旅行を楽しんでいる。
世界中のホテルの写真を集めたもので、表紙カバーに印刷されたコピーをそのま引用すると、「一度は泊まりたい、映画美術のように作り込まれた夢の空間。」のようなホテルばかりが、収録されている。
もともと、ホテルの写真集やガイドブックなどを見るのが好きで、去年は、朝日新聞出版の「東京ホテルガイド」がお気に入りだった。
ホテル、というところは、人に、さまざまな夢や幻想を抱かせる場所である。
寝起きして、食事をして、入浴して、という行為そのものは普段と同じでも、空間そのものが非日常的なので、宿泊客は、現実の生活から切り離された場所に連れてこられたような感覚になる。
そして、多くの人が出入りしているため、いつもどこか人間の温かみが感じられ、同時に、華やかな雰囲気もある。
ホテル、と聞いて写真集以外で思い出すのが、メディアファクトリーから出ている絵本、「エロイーズ」である。
ニューヨークのプラザホテルで暮らしている女の子、エロイーズが主人公の楽しい絵本だ。
エロイーズはホテルの中を自由に歩きまわりやりたい放題。
彼女には、ナニーが1人ついているだけ。
こんな小さな女の子がホテル暮らしなんてあるわけがない、家族は何をやっているの?・・・といった「現実的」なことなど完全に無視、という世界観のもとで、エロイーズが自由に生きているのがいい。
ホテル暮らし、といえば、現実世界に目を向けると、野溝七生子や、淀川長治が有名だ。
野溝七生子という作家がいたということ、そして、彼女がホテル暮らしをしていた、ということについては、久世光彦の「昭和幻燈館」(中央公論社)で知った。
そして、ホテル暮らし、というものに興味を持ったのも、この本がきっかけである。
ホテルに宿泊する、ということそのものが非日常なのに、そこに暮らす、となると、まさに、夢か、映画と同じくらい非現実的に感じられてしまう。
では現実にホテル暮らしをしたいか、と聞かれたらそうは思わないのだけれど・・・。
さて、「CINEMATIC HOTEL」である。
先に引用したように、ほかのホテルに比べて、内装も何もかも、かなり、ある一定の世界観のもとに、「作り込まれ」ている。
世界各地のホテルが紹介されているが、特にアメリカのホテルは、人工的な印象が強い。
カリフォルニア、サンディエゴにある、The LaFayette Hotel&Clubなどは、1946年以来のリノベーションで「独特の世界観を構築」したとのことだが、紅色の絨毯やドア、ヒョウ柄のクッション、黒と白の市松模様の階段や床などが、毒々しくもあり魅力的でもあり、デヴィッド・リンチの映画に出てきそうだ、と思っていたら、ビギナーズ・ダイナーは「ツイン・ピークス」を参考にしている、との記述があった。ダイナーだけでなく、ホテル全体が、「ツイン・ピークス」のセットのように見えるのだが。
ホテルの内部だけでなく、ホテル近辺の通りやそこを走っていく車の写真、また、巻末に収録されているホテルのロゴやサインを見ていると、「ロリータ」の、ハンバートとロリータの全米横断旅行のことがふっと頭をよぎる。
もちろん、彼らが宿泊したのは、ここに収録されているホテルとは大違いの、もっとずっと安っぽくて趣味が悪いところだったのだろうが。(今、思い出したけど、そういえば、ナボコフもホテル暮らしをしていた)
実際に自分が宿泊するならやはり、落ち着いた雰囲気のところがいいので、イギリスのThe Lanesborough、もしくはHARTWELL HOUSE、東京ステーションホテルかな、と思ったのだけど(あくまでも空想旅行である)、カナダの、Fairmont Banff Springsも、いい。雪をかぶってロッキー山脈の合間にそびえ建っているその様子が、素敵だ。
ホテルの写真集やガイドブックは多いけれど、ホテルを舞台にした小説だけを集めたホテル文学全集、というのがあってもいいかもしれない。
以前、「もし、寄宿学校文学全集をつくるなら?」という記事を書いたことがあるけど、「ホテル文学全集」、というのがあってもいいな、と思う。そうだ、小沼丹の「白孔雀のいるホテル」、あれも、立派なホテル文学かも・・・空想旅行をしていると、こんなふうに、考えは、あちこちに飛んで行く・・・。