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「大忙しの蜜月旅行」(ドロシー・L・セイヤーズ)長い長い、ハネムーンのお話。
ドロシー・L・セイヤーズの「大忙しの蜜月旅行」(創元推理文庫)では、なかなか、死体が登場しない。
貴族探偵ピーター・ウィムジイ卿と小説家のハリエットが結婚し、ハネムーンで田舎の一軒家にやってくる。
事件はそこで起こる・・・というか、彼らが到着した時点ですでに事件は起きているのだが、肝心の死体が、なかなか現れないのだ。
事件が発覚するのは、かなりのページ数、読んでから。
とにかく、この小説は、進むのが非常にゆっくり、なのだ。
まず、このカップルの「結婚予告」にはじまり、そのあと読者は、彼らの家族、関係者の手紙、そして、ピーター卿の母親の日記を読まされることになるのだ。
これらはなかなかおもしろいのだけど、とにかく、「大忙しの蜜月旅行」を手にとったならば、先を急ごうとせず、ゆっくりのんびり読むことを覚悟したほうがよい。
私は、犯人は誰か、などということより、ピーター卿の冷血漢ぶりがわかる言動、ハリエットが夫や周囲の人物を鋭い目で観察している様子、その他、登場人物のあれこれなどを、道のそこここに落ちているおいしいお菓子を拾い食いするように、読んでいった。
(ときどき、新婚夫婦のべたべたぶりに、ちょっと疲れたりして)
そのおかげで、読了するまで、かなり時間はかかってしまったけど。
では、その、「道のそこここに落ちているおいしいお菓子」はどんなものであったか?すべてを書くことはできないけれど、ほんのちょっとだけ。
まず、ピーター卿。
ハネムーンのためにやってきた田舎家に誰もいないのを不審に思い、従僕のバンターに調べさせていたところ、隣人の女性がヒステリックにわめきながらやってくる。
「で、あんたがたは誰で何が目当てなんだい?まったく、こんなに大騒ぎして・・・ちょいと、顔を拝ませてもらおうか!」とすごむ彼女にピーター卿は、「どうぞ、お好きなだけ」と、ダッシュボードのライトをつけて、顔を見せるのだ。
さすが、「世界一の冷血漢」。
また、朝早くに全裸で窓から身を乗り出して「やあ、ゴージャスな朝だ」などと言っているところを隣人に(先ほどと同じ女性)に目撃され、「胸はつるつるであたしより毛がない」と言いふらされたりもする。
それから、村の牧師がやってきたときなどは、「僕は村の牧師をコレクションしてるんだ」と言い、「あれはたいそう発育のいい牧師の見本で、背丈は6フィート4インチかそこら。近眼、庭いじりの達人、音楽好き、パイプをたしなみー」などと、プロファイリング?しはじめたり。
それから、ハリエット。
ピーター卿が服を着て身なりを整えるところを彼女がじっとそばで見ている箇所があるのだが、そこでハリエットの小説家らしい観察眼が光っている。
ハリエットは、男性がシャツを着てネクタイを締めることによって「鎧で身を固め」、社会にあわせた生き物になる(または、あわせているふりをする)のを、醒めた視線で見ているのだ。
(「男というのは、何て滑稽なのだろう!それに賢くもある」)
それから、バンター。今回、いつも冷静に仕事をしている彼が、声を荒げるところがある。
まさか、バンターがこんなに怒るとは、と驚いたが、無理もないかも。主人のハネムーンについてきて、そして、到着したと思ったら家の中はまったく整っていなくてあれこれ仕事せねばならず、おまけに殺人事件まで発覚、そのうえ、ひどいことをされたのだから。ジーヴスなら、こんなときどうしただろう、と、あとであれこれと想像してしまった。
時間をかけてやっと読み終わった、「大忙しの蜜月旅行」。
推理小説というより、長い長い、ハネムーンのお話でした。
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