見出し画像

自分を否定せずスイッチを入れた人。ローナ・ウィッシャート。

私は、ジャンルを問わず素敵だと思う女性の写真や資料をまとめたファイルを持っている。
名づけて、「クールビューティ・ファイル」。

そのファイルには、アンネマリー・シュバルツェンバッハに関する資料や(カーソン・マッカラーズの伝記の、彼女に関する記述の部分だけコピーしたもの)、また、ドラマ「シャーロック」で探偵を演じた竹内結子の写真(亡くなったときは本当にショックだった。ご冥福をお祈りします)などがおさめられている。

まだまだ、このファイルにおさめられた「クールビューティ」はいるが、その中の一人が、ローナ・ウィッシャートだ。

私は彼女のことを、画家のルシアン・フロイドの伝記で知った。
その伝記、「ルシアン・フロイドとの朝食 描かれた人生」(ジョーディ・グロッグ みすず書房)を読んだとき、私は、彼自身やその作品よりも、彼と関係のあった個性的な女性たちのほうに興味を持った。
彼女たちは、「有名人と一時的につきあっていただけの女性」などではなく、一冊の本が書けるくらいに、興味深い存在である。

その中でも、とくに私が興味を惹かれたのが、ローナ・ウィッシャートだ。
彼女は、ルシアンの、はじめての恋の相手であった。
彼はそれまで、「誰かに心から惚れるということがなかった」のである。
出会った1942年当時、ルシアンは19歳、ローナは31歳で、夫がいた。
かたや、お金もなく、アーティストとして生きる道をさぐっている途中。
かたや、裕福で洗練されていて、寛容な夫のもと、自由奔放な生活を送っていた。

ルシアンは、この、「魔力を秘めた眼を持つ魔女(セイレーン)」にすぐ、魅了される。

ローナ・ウィッシャートは、1911年11月11日生まれ、7人姉妹の末っ子として生まれるが、姉たちも、「社交界の一員でもありアウトサイダーでもあって、簡単に定義できない存在」であったという。
(父親は、娘たちが牧師と結婚することを望んでいたが、もちろん、それは叶わなかった)

その姉妹の中で一番の美人がローナで、「この茶色の目の誘惑者にはハリウッド映画のスターのようなオーラがあり、彼女の魅力にとりつかれた人間はみな人生が変容した」とのこと。

ローナが左翼系出版社のアーネストと結婚するきっかけとなったのは、彼が家に泊まりにきたときのこと。
彼女は、干し草の山の中で彼を誘ったという。
このとき、アーネストは25歳、ローナは14歳。
彼女が16歳のときに二人は結婚する。

その後もローナはほかの男とつきあうことをやめなかったが、妻が浮気をするのは早すぎる結婚のせいでしかたがない、と夫は受け入れ、彼女とほかの男とのあいだにできた子供も、迎え入れている。

ローナは本物のエキセントリックだった。美容院でギネスビールを飲み、月明かりで風景画を描き、蹄を布で包んで足音が出ないようにした馬を深夜の村で乗り回した。

「ルシアン・フロイドとの朝食」みすず書房

「(略)おそろしくユーモアがあってゴージャスな美貌の持ち主の彼女と一緒にいると、素晴らしい時が過ごせました。一方で彼女は、一睨みで人を凍りつかせることもできました。それに、深い人格の持ち主でした。肝が据わっていて、与しやすい相手では全くなかった。彼女はある種の謎でした。謎めいた内面の人でした。(略)」

「ルシアン・フロイドとの朝食」みすず書房 ジョン・クラクストンの証言

ローナの娘、ヤスミンは、自分の母親について、まったく道徳を気にしない人だった、と言っている。
しかし、周囲に生命を吹き込んでくれるような存在だったため、みんな、ローナを許していた、と。

つまり、ローナ自身がはじめから世間の道徳など気にせず、自分に許可を出していたからこそ、周囲を納得させていたのだ。
はじめから、自分がルールだったのだ。
自分に許可を出していなければ、何をしても、世間から非難されるだろう。
「自分は自由にやりたいのに、世間がそれを許してくれない」とたいていの人はあきらめてしまうが、実は、これこそトラップであり、いちばん自分の邪魔をしているのは誰なのか、といったら、この、「自分」なのだ。

娘のヤスミンは、こうも言っている。

「ローナが自分の持っている力に気づいたとき、その力は一気にあふれ出したんです。彼女は本当に過激でした」

「ルシアン・フロイドとの朝食」みすず書房

人間は誰でも、それぞれ「力」を持っている、と思う。
ローナのような魔性の女タイプでなくても、それぞれの「力」を。
その「力」に気づいてうまく発揮できるかどうかは、その人自身にかかっている。
そのやり方についてはどの本にも書いていないし言葉でうまく言いあらわせない。
自分の本来の個性を本当に発揮しようとするとき、たいてい、人は怖くなるけれど、ここでえいっと飛びこめるかどうかだ。
飛びこむことのできた者だけが、ローナのように、「力」をフルに発揮できるのだ。

ところで、ローナが自分の持っている「力」にはっきりと気づいたのは、いつのことなんだろう?
かなり幼い頃かもしれないが、彼女はそのとき、実にうまい具合にスイッチを入れたのだろう。
自分の魅力や個性に気づいたら、否定するのではなく、すぐさま、「発揮」のスイッチを入れるべきなのだ。

何気なく、図書館で手にとった本であったが、ローナの存在を知ることができて、本当に良かった。

(タイトル画像は、描かれている女性に魔性の女の雰囲気があることと、私が、チョーカーの似合う女性を素敵、と思っていることから、お借りしました。)











いいなと思ったら応援しよう!

イブスキ・キョウコ
いつもチップでの応援ありがとうございます。