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いつのまにか、フォックステリアを好きになってしまいそうなお話を、いくつか。
近所の公園を散歩していると、犬を散歩中の人たちが交流しているところを、よく目にする。
一対一で会話をしているときもあるが、たいてい、複数の人たちが集まっている。
みんな犬好きということで、とても楽しそうだ。
私は、というと猫好きなので、その様子を横目で見るだけで通り過ぎる。
犬なら柴犬が好きなので、ぺったりと座り込んでいる柴犬なんかがいるとちらっと見たりするけど、それ以外の犬には、とくに関心がない。
けれども、今日、なんとなく、ジェローム・K・ジェロームの「ボートの三人男」(中公文庫)の表紙を見ていて、「フォックステリアってかわいいなあ・・・」と思った。
気鬱にとりつかれてボートの旅に出る紳士三人のお供となった犬はフォックステリアで、その、ちょこんとボートに乗った愛らしい姿が、和田誠によって描かれて表紙をかざっているのだ。
フォックステリア、といえば、カレル・チャペックの「ダーシェンカ」だ。
チャペックによる、写真とイラスト、文章による子犬の成長記録である。
生まれたばかりのダーシェンカは、豆粒のよう、でもその豆粒のような犬が、お母さんのおっぱいを飲み、片目があくようになり、歩けるようになり・・・というその過程が、素晴らしいイラストとともに綴られている。
読んでいると、猫好きのはずなのに、犬もいいな、と思いはじめている自分に気づく。
そういえば、カレル・チャペックの兄ヨゼフ・チャペックの「こいぬとこねこのおかしな話」(岩波少年文庫)に登場する犬、あれもフォックステリアでいいのかな?
(ちなみに私は、この本の作者をずっと弟のカレル・チャペックだと思っていた)
「こいぬとこねこのおかしな話」では、こいぬとこねこが、森の近くの一軒家に一緒に仲良く住んでいる。
二人は(二匹?)、一緒に家のそうじをしたりケーキを焼いたり、子供のためにお芝居をしたりする。
家をそうじをするときは、お互いの体を、モップのかわりにしたりタオルのかわりにしたりする。
種の違うこの二人(二匹?)が、なぜ一緒に暮らしているのかは知らないけれど、本当に、仲がいい。
そういえば、村山知義の童話で大根とゴボウが一緒に住んでいる話があったけど、あの話は、ゴボウが、大根の友人からの、「なんで君はあんな汚いのと一緒に住んでるんだ?」というような手紙を読んでしまい、ショックを受ける、という内容だった。
結局、最後はどうということもなく終わるのだけど、大根とゴボウの同居、というのはなかなか、衝撃的だった。
・・・話が横道にそれたが、でも、ヨゼフ・チャペックのお話の中ではそんな中傷の手紙が来ることはなく、まあ、平和なのだ。
「ボートの三人男」の第二章の終わりのほうに、紳士たちのお供をするフォックステリア、モンモラシーのことが、このように記述されている。
人はモンモラシーを見るとき、これは人間の理解を絶したある理由のもとに、フォックステリアの形を借りて地上へと派遣された天使なのだと想像するであろう。モンモラシーの顔つきには、一種、ああこれは何という邪悪な世界だろう、これを改良し上品にできたらいいのだが、といった感じが漂っている。
が、このあと、実は、モンモラシーはけっこうな「猛犬」だったということがわかるのだけど・・・まあ、どちらにせよ、フォックステリアの顔には、なんとも言えない、不思議な魅力があることはたしかだ、と思う。
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