ビルマの竪琴 原作
『水島は三角山に分け入り、立てこもる友軍を説得するものの、結局その部隊は玉砕の道を選ぶ。戦闘に巻き込まれて傷ついた水島は崖から転げ落ち、通りかかった原住民に助けられる。ところが、実は彼らは人食い人種だった。彼らは水島を村に連れ帰り、太らせてから儀式の人身御供として捧げるべく、毎日ご馳走を食べさせる。最初は村人の親切さに喜んでいた水島だったが、事情を悟って愕然とする。』 三角山部分のあらすじ
市川崑監督の映画『ビルマの竪琴』を観て、
素晴らしい作品でした。
気になったのは、日本軍が立てこもり、多数の犠牲者を出した山の名前です。
三角山といいます。
何だか気になり原作を取り寄せてみました。
三角山のくだりで驚きました。
映画では描かれていない逸話です。
ビルマの竪琴という物語自体、僧侶になった日本兵というモデルになった人物はいたようですが、全体的に童話というか、物語色が強いのです。
原作者竹山道雄はニーチェを訳した独文学の先生みたいですが、知られざる闇の世界を知っていたのだと思います。
それを昔話のようなスタイルで描いたのだと思いました。
当然、市川崑監督も戦争を仕掛けた本当の勢力を知っていたのだと思います。市川崑監督の『病院坂の首縊りの家』で石坂浩二の帽子とマント姿のシルエットのポスターも三角のシルエットになっています。
病院坂は、タブーを描いています。
今にずっと続く悪の姿を描いています。
悪が戦後、日本で宗教というものをどう利用してきたかも
さらりと描いています。
是非ともたくさんの人に観て欲しい映画だなと思います。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?