白昏
「かしこみて見よ、主の来たらんとす」
(エツケ・ミナキテル、イミネト・アルビテル)
「いと高きもの」
(イレ・スプレムス)
「来たらんとす、来たらんとす、悪の終わりの時が」
(イミネト、イミネト、ウト・マラ・テルミネト)
オルガンと声楽がへだてられない暗い部屋で聖歌隊の楽譜に鳴りつづける
晩餐がかたく閉じた夜の静けさを犯す闖入者をよびいれ言葉も肉體も越えてしまった欲望がおりてくる夜の官能に軋むように、ちがう岸辺から屍の場所を行き来する
「教えは役に立たなかったが私にはあなたが必要だ」
安らかに眠りながら、のがれられぬ封印に歯ぎしりをして横たわる
階段の僧院が傷ついた文字をこばんでいる
まだらな光の染みが窓際の椅子に落ち
曇天を横切るように偽りの死を生きて瞼は痙攣するように
生娘のまま年を重ねる唇のように
すべてを静止させる
蛾たちが鱗翅を乱舞させている地下室に
処刑する父であり、彼らを裁く邪な裁判官であり、誰も読む事ができない一冊の本の記憶を無疵のまま筆写して姿なきひとの名をわかちあう
真夜中の海に沈んだゆがんだ四肢の錯乱がちいさな牢獄をつくっていく
「眼と唇を閉じれば偽りの死を生きる事が出来る」
みだらなしぐさの曖昧な記憶にやつれた半身を引き裂くような罪障
熱い傷口から流れ出す血だまりの長い不眠の儀式に時間は溢れ出し
重さは闇へ
光は時間の海に浮かび上がり
肉の最後の一片、最後の一滴まで真っ青な眩暈の中へ戻り私は目を開くだろう
自らの肉を脱け落ち分身をかくされた季節に横たわらせ、浮き上がった血管にそって割れてゆく蛇のはじまり
遥かに指差す紋章が傷をさらす、匣のからだに屍衣ならざるものを
腰と頸が濡れ尽きるまでの短い時間もつれてほどける
自分の血の中に捨ててしまったいくつもの愛
溶けた氷は見えなくなる
服を脱ぎ痩せた肩にこぼれおちる夜の断片をとじる為にもどってゆく
激しい燔祭が執り行われる
濡れ尽きるまでの短い時間に苦痛で身をくねらせ、自分の肉體を異教の香料そのものと化してしずかに服を脱ぐ
口を囓んでただ待つだけだ
ないものを身にまとうかさなりあった裏と表の皺に灰のように二つの色が瞼の裏ですれ違う
おちつづけてやまぬ幾筋ものやわらかな火の瞬間に
さむいはじまり、炎のようにさむいはじまりがわずかにずれた影に足跡を殺しておりてくる
うつくしい影の斬られた首と音もなく入れ替わり上下にまだ動いている
わたしは動けない
揺れているこの身體もほとんど透き通った霊となって舗石の上に落ちつづけて
不可解な軽さに虚しく、やぶこうとして手をかけてもやぶれようのない真っ白な暗がりを
打ち寄せる水を噛むように沈んでいく
繰り返される死が足首の細さになじんでいく
足首から腿へ輪郭の消えたかたちにささやかなねじれが、痛みもなく瞳の中にながれだしていく
娘の匂ひをかぐ不思議なやすらぎが薄明かりの思い出にふるえてただよいつづけた
暗い動かぬ雲に読みとれない
ゆめみるものはないとしてふりそそいでくるきみの文字を手の指がすくいあげては切り裂いていく
一瞬の遊戯である熱狂と陶酔と冷たい憤怒がたどれない網膜の上をよこぎる
天使たちが
張りわたすラッパ
星をまき、無音の影に
羅針のように交わす
しろい天使が刻印する
透明な脳髄に
青い光がとどかない
えぐりとられる
澱み
温度も色彩もなく
とどまりつづける
世界の暗がり
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