『INDUSTRIAL JP』機械と音楽の融合、その中に見える人の姿
私達の身の周りは、パソコンなどのコンピューター・家電・自動車など、多くの機械がある。その機械は、バネ・ネジ・歯車などの部品で構成されるが、その数は、1台につき数千~数万種類という膨大なものとなる。
それら一つ一つの部品や製品そのものは、工場で稼働する「産業機械」「工作機械」と呼ばれるものによって生産される。
それは、言わば「機械を作るための機械」だ。
その機械が稼働する様子を映像として収録し、オリジナル作曲の音楽を合わせることで、工業が持つ魅力を引き出そうとする。そんな目的で作られたミュージックビデオ「工場音楽レーベル」、それが『INDUSTRIAL JP』だ。
「INDUSTRIAL」を直訳すると「産業・工業」、JPは「Japan(日本)」。その名前の通り、映像は全て日本の工場で、実際に稼働している機械を撮影したもの。
当レーベルは2016年に発足され、2018年の時点で8ヶ所の工場で撮影された作品がYouTube、Vine、Instagramで公開されている。
その取り組みは各所で高い評価を受け、2017年から今年にかけて「2017年度グッドデザイン賞」で金賞、「2017年度ADCランプリ」、「第21回文化庁メディア芸術祭」エンターテインメント部門の優秀賞などを受賞している。
このような高い評価を受ける理由、そしてこのレーベルの魅力は何か?、それについて書いていきたいと思う。
視覚・聴覚・知識の融合
この動画は、神奈川県にあるバネ製造メーカー「五光発條」の機械で、YouTubeの再生数は40万回を越えるなど『INDUSTRIAL JP』の代表とも言える映像だ。
そのYouTubeでは「字幕」をオンにすることで、機械に関する説明も表示されるので、合わせて読むと、機械の詳細が理解できる。
画面中央に見える部分から、バネの材料となるワイヤーが押し出される。それを上から爪で押さえガイドすることで、一定の形で曲げられコイル状になる。更に四方八方から爪が突き出して曲げ加工をする。最後に切断して1つのバネが完成する。
これら一連の作業はわずか数秒、その時間に0.1秒の遅れも、爪の動きに0.1mmの位置ずれも許されない、正確なものでなくてはならない。
しかし、製品を曲げる時はゆっくり押し出していくなど、丁寧でどことなく人間的な瞬間も見える。完璧かつ丁寧、そしてテンポよくリズミカルに繰り返される動きは、まるでミュージシャンが演奏する音楽のようでもある。
そのテンポに合わせて音楽が流れる、動きと音楽を融合させることで、機械を特徴を引き立たせる、それが大きな魅力の一つとなっている。
動画をよく見ると、周りから突き出る爪の形状が映像によって違っていたり、中には1ユニットだけ取り外されているものもある。この機械は、製品の形状によって爪と動きのみを変えて対応する、言わばどんなバネでも作れるように設計された汎用機であるためだ。
公式サイトでは、機械を開発した五光発條のインタビューが掲載されているが、そこで開発者は「爪の先端は目視で調整している」など、映像の裏の姿を読み取ることができる。
映像で見る・聴く、そして公式サイトを読む・知る、工業の魅力を多方面から味わうのが『INDUSTRIAL JP』のコンセプトと言える。
ありのままの魅力
『INDUSTRIAL JP』が製作した一連の映像には、主に2つの特徴がある。
一つは、実際の町工場で稼働している機械を「そのまま撮影している」こと。油まみれの機械も、機械の上に置かれたスパナなどの工具も、プレス機で打ち抜かれた後のゴミにいたるまでそのまま撮影している。
もう一つは「映像演出を最小限にとどめている」こと。はっきりとした演出と言えるものは、ハイスピードカメラで撮影したスローモーションくらいだ。
この動画は「岩佐歯車製作所」で稼働している機械。材料となる円柱と加工する刃、どちらも常に一定の速度で回転させることで、360度全て均一の形状で歯が作られる。これが「歯切」という工程。
公式サイト内の岩佐歯車製作所インタビューによると、この会社の作業は歯切まで。製品によってはこの後で、歯車同士が接触する面に強度を持たせる「焼入」や、仕上げるための「研削」などの工程を経て完成する。
切削中は常に大量の油が注ぎ込まているが、これには3つの役目がある。歯を削りやすくするための「潤滑」、摩擦で高温になるのを防ぐ「冷却」、削ったゴミを洗い流す「洗浄」だ。
それをスローモーションの映像として撮影すると、油の流れやしぶきによって、刃の動きがよりはっきりと見えるようでもある。言わば、油は「映像」という4つ目の役割を果たしている。
過剰な演出はしないのは、ありのままを見せるためだけではなく、機械そのものが魅力ある映像であること、演出する必要がないことを証明している。
機械の裏に見える、人の姿
私は、このような工業に関わっている人間の一人である。その上で、少し個人的な思いを書いてみたい。
一連の映像で見られる産業機械の数々は、全て人の手によって生み出される。機械の構造や動きから部品の一つ一つまでを構想する「設計」、設計された部品を製作する「加工」、機械の中にあるモーターやセンサーなど電子機器を担当する「制御」、部品を機械として組み上げたり調整する「組立」など。実際はもっと細かな担当に分かれたり、逆に複数を一人でまかなうことも多いが、これらの人達が関わることで、初めて一つの機械に命が吹き込まれる。
でも実際は、そんな大げさなものではない。例えば、「INDUSTRIAL JP」公開告知映像の一場面で、坂本製作所の工場長による一言。
「これ撮って・・・何になるのかね?」
現場の人の感覚はそんなものだ。
よくメディアなどで工業について「エンジニア」「もの作り」「職人技」「町工場が支える日本の工業」などと語られるが、個人的に、この一連の言葉は美化されているようで好きではない。
私がよく使う言葉は「技術屋」「メカ屋」など。あくまで、限られた環境と時間の中で最大限のものを作る人、という意味を込めている。それにみんなが全力をかけた結果が、日本の工業云々となっているのだろう、という程度の感覚である。
一連の映像の中で、私が好きなものの一つのは、この映像。
多数のネジや部品、現場で合わせたと思われる、その場で曲げてネジと一緒に取り付けた鉄板、部品の表面に残った工具の傷跡など、調整にどれだけ苦労したかという痕跡が数多く見える。
私にとっては日本の工業が云々より、このような現場の人が残した「全力の跡」に心を動かされるのだ。
当記事を読んでくださった方も、製品の中には部品がある、部品は機械で作られる、機械は多くの人が関わっている。そんなものを映像から感じ取っていただければ、作る側の人間としては嬉しく思う。
追記
これは、過去にブログで書いた記事を、noteにて改めてアップしたものです。
工業に関わる者の一人として、工業の魅力を文章で伝えることができるか?という思いで書いてみました。
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