『これでいいのだ・・・さよならなのだ』エッセイで書かれた「2つの視点」。そこから見える、赤塚不二夫の人間像
読んだ本について。
これでいいのだ・・・さよならなのだ
(赤塚 不二夫・杉田 淳子 著/小学館)
赤塚不二夫と言ったら、昭和の時代を代表するマンガ家、中でも「ギャグマンガの王様」と呼ばれる存在である。
私にとっては、赤塚氏の作品に初めて触れたのが、小学生の時にTVアニメで見た『天才バカボン』と『元祖天才バカボン』(どちらも再放送)。
子供心に、人情話やドラマがメインだった初代より、ハチャメチャギャグが満載の『元祖』の方が好きだったが、こちらの方が原作準規だったことは後に知る。
マンガで読んだのは、コロコロコミックで連載された『チビドン』『花の菊千代』など、実際に触れた作品はそれほど多くないが、氏が作り出したキャラクター「バカボンパパ」「ニャロメ」などはTVでよく見たり、その偉大さは当時から知っていた。
この書籍は、雑誌『サライ』2000年3月~2001年5月で連載されていた赤塚氏のエッセイ『酒呑童子アカツカ「生き遊びの記」』から抜粋した23編を収録したもの。
赤塚氏は2002年に脳内出血で倒れてから、執筆など表舞台に一切出ることはなく、2008年8月に亡くなっている、氏にとってはそれ以前に書かれた、最後の連載エッセイとのこと。
また、著者として赤塚氏と「杉田淳子」という名前が挙げられている。
この方はフリーの編集者で、赤塚氏とはマンガや書籍の出版で共に仕事をしたり、私生活でも交流があったそうで、その話も書籍の中で多く語られている。
これは、そんな赤塚氏と杉田氏、二人のエッセイがまとめられた一冊だ。
重いのに軽い、それが赤塚不二夫
赤塚氏が書いたエッセイの内容は、各エピソード3ページと、本当に軽く読める程度の話で、その中には、毎度のように「酒」の話がでてくる。それとも、そのような話を抜粋して掲載しているのか。
中でも、最初のエピソードではこんなことが書かれている。
時々、ウォッシュ・アウトをしている。
この言葉は、病院の先生に言われたもので、本来は『体内の薬物濃度を下げること』だけど、私の場合は、入院中に酒断ちをしてアルコールを抜くこと。それを聞いてから、この言葉が気に入って、自己流に身体の酒抜きをウォッシュ・アウトと呼んでいる。
(冒頭の文章を要約)
これを書いた時期、赤塚氏は食道がんと診断された後で、しかも度重なる入院はアルコール依存症の治療のためだが、それを「ウォッシュ・アウト」と軽く書いている。
赤塚氏が書いた文章だからといって、ギャグマンガばりのふざけた口調というわけではなく、自分の話を淡々と事細かく説明する、しかも内容は病気の治療と入院の話。でも重々しいわけではなく、軽く楽しく読むことができる。不幸でも軽いネタにしてしまう。
これが文章で読ませる「赤塚マジック」なのかと、冒頭から感心させられる。
そんな自身の話と共に、毎回のように「今の世の中」を語ることが多かった。
例えば、テレビでグルメ番組を見た時の話、これを引用すると、
真っ赤な口紅を付けた10代とおぼしき女性が、一流と言われるレストランで料理を食べていたりする。果たしてこのタレントは、ちゃんとそのレストランの味を評価できるのだろうか。料理も立派な文化なのだ。一流のものを味わうにはそれなりの素養が必要だと思うのだが、どうもこのタレントは(中略)。
彼女はバカの一つ覚えのように美味しいを連発する。たまに美味しい以外のことをいうと、それが決まって「柔らかい」あのね、柔らかいか柔らかくないかはテレビの画面を見れば分かるの(中略)。
全くグルメ番組は身体に悪い。画面に向かって怒ったり、ため息付いたり。それでもつい見ちゃうんだよね、テレビって。
この(中略)にはもっと酷いことも書いてるが、軽くテレビを見た時のことだけでも、その内容や思うことを詳しく書いている。
他にも「旅行」について「日本の皆様のお休みはせせこましい、短期間で旅の楽しさが味わえるのだろうか。自分はニューヨークに2ヶ月滞在して、バーに毎日通って現地の人と仲良くなったよ」
また「マンガ」について「日本のマンガは発行部数も多いし、文化として成立していると思っているが、まだ自分の世界を持っている作家は少ない。それと気になるのは、絵が殺伐としている」など。
どれも赤塚氏個人の視点ではあるが、様々な現状を少し離れた目線で語っている。
もう一つの視点による「人間・赤塚不二夫」
その赤塚氏のエピソードの後に「証言」というタイトルで、杉田氏のエピソードも一緒に書かれている。赤塚氏の文章と区別するために文字はゴシック体、文量は赤塚氏のエッセイと同じく1エピソード3ページずつ。
例えば、先ほどの「グルメ番組」の後には「フリーの編集者になったばかりの私に、赤塚氏と奥さんの眞知子さんから、食べられなくなるくらいたくさんごちそうしてもらった」という思い出が綴られている。
また「旅行」の話の後には、仕事で赤塚氏のスタジオ『フジオプロ』の一行と地方に同行した際、宴会で大騒ぎした話。
「マンガ」の話の後では、赤塚氏が「目の不自由な方のために『点字のマンガ本』を作る」という新しい企画を持ち出してきて、その中で見た「氏のプロとしての仕事ぶり」を目の当たりにした話など。
いつもハチャメチャなギャグマンガを描いている氏とは違い、世の中を少し離れた目線で語る「批評」的な側面と、その赤塚氏を見ていた杉田氏による「人間」としての側面という、二人の視点が各エピソードから見える。
また、書籍の挿絵は、スタジオ『フジオプロ』のメンバーで赤塚氏の愛弟子という、吉勝太氏が描いている。
軽い笑顔や、中には苦しいものや重い顔など、日常の何気ない表情を見せているようだ。
そんな、周りの人達が語り、描く氏の側面など、赤塚氏はマンガ家としてだけでなく、人間としても凄い人だったと、今になって見せられたように思う。