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第2章:ビジネスの根幹は「ペインの解決」

前回はマーケティング志向の考え方について解説しました。最も重要なポイントは、顧客起点で全てのビジネスを考えるという点でしたが、ここをしっかり理解することが、マーケティング志向による新規事業開発で成功するビジネスの基盤を築くために非常に重要になってきます。

では、顧客起点でのビジネスを進めるにあたって、具体的に何を目的にすれば良いのでしょうか? 収益の最大化でしょうか? 売上を伸ばすことでしょうか? 世界市場でのシェアを拡大することでしょうか? それとも、ブランド価値の向上でしょうか?

これらの目的は、ビジネスにおいて確かに重要です。しかし、マーケティング志向の新規事業開発では、これらとは異なる方向性を持つことが求められます。マーケティング志向のビジネスの基本原則は、顧客の「ペイン」(Pain:痛みや課題)の解決こそが真の目的である、という点です。


ペインの解決がビジネスの根幹

人は誰しも何かしらの困りごとを抱えています。例えば、荷物が重くて移動が大変な人や、外国の駅で案内表示が読めずに困っている旅行者など、様々な困りごとがあります。これらの困りごと、すなわち「ペイン」は、人々が解決を求める問題であり、ビジネスの出発点となります。マーケティング志向におけるビジネスの基本は、こうした顧客のペインを解決することにあります。

かつての販売志向の時代には、まず商品を作り、その後に売り方を考えるというアプローチが主流でした。この方法では、企業側の視点が優先され、顧客のニーズが十分に考慮されないことが多々ありました。その結果、消費者から支持を得られず、売れ残りが発生してしまうという経営リスクがありました。このような背景から、マーケティング志向の考え方が生まれました。マーケティング志向は、企業側の都合ではなく、顧客の都合に寄り添い、ビジネスを進めることを重視します。

たとえば、SNSの投稿においても、自分が書きたいことを書くのではなく、誰かが知りたいであろう内容について書くことが、マーケティング志向の考え方に近いと言えます。また、講演会の質疑応答の場でも、自分が聞きたいことを質問するのではなく、登壇者が補足したいと思っている内容や、他の参加者が知りたいであろうポイントを質問することが、マーケティング志向に沿った行動となります。

このように、マーケティング志向では、誰がどんなペインを抱えているのかを徹底的に理解し、その背景に迫ることが基本となります。

ペインとは何か

ここで言う「ペイン」とは、いわゆる課題のことであり、一般的に「不」という漢字で始まる言葉で表現されるものが多いです。以下にいくつかの例を挙げてみましょう。

  • 不便:例えば、ボタンを多く押さなければならないシステムや、複雑な手続きを伴う作業は「不便」に感じられます。

  • 不満:サービスの質に満足していない、もっと良い体験を求めている、といった状況から「不満」が生まれます。

  • 不安:未来が不確実であるため、リスクを感じている状態。例えば、投資の結果が読めないときなどは、大いに「不安」を感じてしまいますね。

  • 不快:環境が整っておらず、心地よくない状態。例えば、暑い部屋で作業をしなければならない状況などは非常に「不快」だし作業能率も一てしまう状況だと言えるでしょう。

  • 不足:必要なものが十分に揃っていない状態。例えば、バーベキューでいざ焼き始めてから飲み物を買い忘れていた!など、必要なものがその場で足りていない状況が「不足」です。

  • 不適:状況に合わないものが存在する状態。例えば、アウトドア用のカジュアルな服装で式典などのようなフォーマルな場に出席することが「不適」です。

これらの他にも、世界にはまだまだたくさんの「不」が存在します。「不」、すなわち「ペイン」は、顧客が抱える問題や改善を求めている点を示しています。ビジネスの目的は、これらの「不」の状態を解消・緩和し、顧客により良い体験や解決策を提供することです。その対価として、顧客から報酬を得ることがビジネスの本質です。

マーケティング志向の考え方に基づくと、あらゆるビジネスの原理原則はこの点に集約されます。顧客のペインを理解し、その解決を目指すことが、成功するビジネスの鍵となります。

自覚か無自覚か

ペインを解決することがビジネスの基本であるという考え方が重要であると理解した上で、次に考慮すべきことは、そのペインが顧客にとって自覚されているかどうかです。ペインには大きく分けて、顧客が自覚しているものと、自覚していないものの二種類があります。これら二つの種類のペインは、ビジネスのアプローチや戦略において非常に大きな違いを生み出します。

一般的に、顧客がペインを自覚していない場合、そのペインを解決するための行動を取る動機が生まれにくく、ビジネス化は困難です。たとえば、ある人が毎日感じているちょっとした不便やストレスを「ペイン」として認識していない場合、その人はそれを解決するための商品やサービスに対してお金を払う意欲を持ちません。ペインが顕在化していない場合、その解決策がどれほど優れていても、顧客はその価値を認識せず、購入の動機が生まれないのです。

一方で、顧客が自分で「解消できずに困っていること」として認識しているペインは、解決のためにお金を払う可能性が高く、ビジネス化が容易です。例えば、体重が増えたことを問題視し、それが健康に悪影響を及ぼすことを強く認識している人は、その問題を解決するためにダイエット商品やトレーニングプログラムに対して投資する傾向があります。こうした自覚されたペインは、顧客にとって切実な課題であり、それを解決するためのソリューションには積極的に支出する意欲があります。

ここで重要なのは、ペインの自覚があるかどうかが、ビジネスの立ち上げにおける難易度を大きく左右するという点です。自覚されたペインに基づくビジネスは、顧客にとって解決すべき課題が明確であるため、そのソリューションを提供することで比較的簡単に市場に受け入れられる可能性があります。顧客が既に認識しているペインに対して具体的な解決策を提供することは、マーケティングコストを抑えつつ高い効果を発揮することができるのです。

しかし、顧客が自覚していないペインを扱う場合、ビジネス化の難易度は一気に上がります。無自覚なペインに対して解決策を提案することは、そのペインの存在をまず顧客に認識させる段階から始めなければなりません。このプロセスは、啓蒙的なマーケティング活動や教育的なアプローチを必要とし、時間とコストがかかる可能性があります。例えば、AIのような破壊的な技術革新が発生して将来の大きな問題を解決する潜在力を持っているとしても、顧客がその問題を今の段階で感じていない場合、その価値を伝えるのは容易ではありません。こうした場合には、顧客の意識を変えるための長期的なマーケティング戦略が必要となることが多いのです。

また、無自覚なペインを扱うビジネスは、リスクが高い反面、成功すれば非常に大きな市場を開拓できる可能性も秘めています。歴史的に見ても、多くのイノベーションは当初、顧客にとって無自覚なペインを解決するものでした。例えば、スマートフォンが登場する前、ほとんどの人は携帯電話に対してインターネット接続やアプリケーションの利用を求めていませんでした。しかし、スマートフォンが普及したことで、人々はその利便性に気づき、今では生活の必需品となっています。このように、無自覚なペインを掘り起こすことで、新しい市場を創造することが可能なのです。

このため、初期段階では顧客が自覚しているペインに注目し、それを解決するビジネスを展開することが、リスクを低減するための戦略となります。ビジネスが成功し、手持ち資金が潤沢になった後で、無自覚なペインに取り組むことも可能です。このような段階的なアプローチは、リスクを抑えつつ成長を目指す上で効果的です。

最終的には、ビジネスの成功には、顧客が抱えるペインの種類とその自覚度を深く理解し、それに応じた適切な戦略を選択することが求められます。顧客が自覚しているペインに対する迅速な対応と、無自覚なペインに対する慎重かつ計画的なアプローチのバランスを取ることが、持続的な成長を実現するための鍵となるのです。

マーケット優先かプロダクト優先か

前項でペインを自覚しているか否かによってビジネス立ち上げの難易度が変わる点について説明しましたが、もう一つの軸として、顧客自身が望んでいるかどうか、という視点も非常に重要です。この視点は、ビジネスの方向性や戦略を決定する上で、重要な要素となります。

例えば、自社が持っている技術やアイデアを基に、顧客はまだ望んでいないが、優れたプロダクトを市場に投入するという経営手法もあります。これは、企業が持つ技術的な優位性や独自の発想を最大限に活かし、まだ顕在化していないニーズを掘り起こす試みです。このアプローチは、革新的な製品を生み出す可能性がある反面、リスクも高くなります。なぜなら、顧客がその価値を認識し、受け入れるまでに時間がかかる場合があるからです。

一方、マーケティング志向の新規事業開発では、顧客がすでにペインを感じているものを解決・緩和するプロダクトやサービスを提供することが基本となります。このアプローチは、顧客のニーズに直接応える形で商品やサービスを展開するため、難易度が低く、成功の確率も高いと言えます。市場調査や顧客インタビューを通じて、実際に何が求められているのかを把握し、そのニーズに合致する製品を投入することで、比較的リスクを抑えたビジネス展開が可能です。

ペインの自覚の有無と、顧客がすでに望んでいるか、企業側がやりたいかという2つの軸を元に、ビジネス戦略をプロットすると次のような図になります。

この図に示したように、ペインを自覚していて、かつ顧客に喜んでもらいたい(=顧客が望んでいる)ものは「マーケットイン」と呼ばれます。マーケットインは、顧客起点でペインを分析し、その解決策を提供することを目的とする経営手法です。現代において最も成功率が高いビジネスモデルとされています。具体的には、既存のニーズをしっかりと捉え、それに応じたプロダクトやサービスを提供することで、顧客満足度を高め、持続可能なビジネスを展開することができます。

一方、ペインを自覚しているものの、顧客が必ずしもそれを望んでいない場合、企業側が主導する形でプロダクトを開発し提供するアプローチを「プロダクトアウト」と呼びます。プロダクトアウトは、自社の持つ独自技術やアイデアを活かし、まだ顧客に認識されていないニーズや価値を市場に提示するアプローチです。この方法は、日本のメーカーが得意とする多機能テレビなどに見られるように、製品志向の考え方が強く反映されています。

マーケティング志向の新規事業開発において最も重視されるのは、右上の「マーケットイン」です。ここでは、すでにペインが顕在化していて、顧客起点であることが明確に分かるものを対象とします。顧客のニーズに直接応えられるため、マーケットインのアプローチはビジネスの成功率が高く、特に新規事業の立ち上げには最適な戦略と言えるでしょう。

もちろん、下段に位置する「マーケットアウト」や「プロダクトイン」のアプローチも決して間違いではありません。ただし、これらのアプローチは難易度が非常に高く、特にビジネスの初期段階で取り組む場合、リスクが伴います。そのため、これから起業するという方や、初めて新規事業に挑戦する方には、最初からチャレンジすることはあまり推奨されません。

ビジネスの難易度は一般に、①マーケットイン → ②プロダクトアウト → ③マーケットアウト → ④プロダクトイン の順に高くなります。特に左下の「プロダクトイン」は、顧客が自覚していないペインを扱うもので、イノベーティブな製品を生み出す可能性が高いです。この場合、プロダクト自体の存在が市場に新たな価値を創出することがあります。典型的な成功例として、iPhone や ChatGPT などが挙げられます。これらの製品は、最初は誰もがその必要性を認識していなかったものの、今では生活に欠かせない存在となっています。

このように、ビジネスを進める際には、顧客のペインに対する自覚の有無と、顧客が望んでいるかどうかを慎重に分析し、最適なアプローチを選択することが重要です。マーケットインを基本としつつ、プロダクトアウトの要素を取り入れた戦略をバランスよく組み合わせることで、リスクを抑えつつ持続可能な成長を目指すことができるのです。

次章では、このマーケティング志向の考え方に基づいて、実際にどのようにビジネスを創っていくのか。そのプロセスについて解説いたします。


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