あまりにもロマンティックなバッハのプレリュード

ピアノをもう二十年以上ほとんど毎日弾いているのですが(二十歳を過ぎてピアノを始めました)最初に弾くのはバッハ。バッハは日課。バッハは日記。バッハは米の飯。バッハは朝の挨拶。バッハは毎朝の散歩。

フルートを吹いていた頃は「無伴奏フルートパルティータBWV1013」を必ず練習の最初に吹いていました。いつだってバッハ。それが私の音楽人生です。

「ピアノのバッハ」の中でも最もよく演奏するのが「平均律クラヴィア曲集」第一巻の一番最初のハ長調前奏曲です。

アルペッジョだけでできている、あまりに単純な曲。19世紀のシャルル・グノーはメロディをアルペッジョの上に乗せて「アヴェ・マリア」を作曲したくらい。でも伴奏しかない音楽ではなくて「古代様式」という形式に基づく立派な独立した音楽。「古代様式」を好んだ人には20世紀のエリック・サティがいました。ジムノペディも古代ギリシア音楽由来の「古代様式」音楽。とても奥が深いのです。

ピアノを練習する時間がないときはこの曲だけ弾くのですが(練習時間五分以内、毎日五分でもやることに意味がある)クレッシェンド・デクレッシェンドさせたり、全部スタッカートにしてみたり、全部レガートにしてみたり、スラーとスタッカートを混ぜてみたり、いろんなことができてしまう最強の練習曲。16分音符ばかりなので全部均等に弾いて音の粒をそろえる練習にも最適。強拍弱拍を際立たせて、バロック風にも。

和声進行はC-Dm-G7-Cの「2-5-1」の基本形から、Am-D7-G-Cと五度進行で八小節のユニットでスルスルと流れてゆき、減七和音の半音も混じることで時折出てくる、なんとも言えない翳りが魅力的。

ちょっとした変化が味わい深く、これを弾かせるとその人の実力と個性が一発で分かってしまう。「エリーゼのために」みたいに。

ロマンティックバッハの究極として大好きなのが、ソヴィエト連邦の鉄のカーテンの向こう側のバッハ・エキスパートだったサミュイル・フェルンベルクの演奏。音量変化が大胆で、ため息をつくようにテンポを落とすし、もうロマンティックの極み(バッハはロマン派音楽ではありません笑)。

バロックから逸脱しすぎだけど「ピアノのバッハ」だから許せちゃう。ソ連のバッハといえば後輩の二コラーエワやリヒテルが有名、でもフェルンベルクの方が百倍も好き。フェルンベルクの遺産はバッハを好きな人の宝物です。最近発掘されたので、音楽通の方も知らないかも。ソ連の音楽にはこういうことが今でもあります。

朝起きてまずはバッハ。バッハの規則正しいビート感は一日の始まりにふさわしく、その日一日に程よいビート感とリズムを与えてくれるのです。

曲後半のフーガもとても素敵だけれども、プレリュードはまさに毎朝のための前奏曲なのです。

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Logophile
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