嘆きのチェロ:ファニー・メンデルスゾーンのファンタジー(5分26秒)
名作ピアノ曲集「一年」や「ノットゥルノ」「ピアノのための歌」などには複数の録音があり、ファニーの音楽への関心が近年とみに高まっていますが、それでもまだまだ彼女の知名度は低い。
聴けば聴くほど、彼女の作品の質の高さに圧倒されるばかり。
ショパンやシューマンの作品さえも見劣りしてしまうような凄い作品がいまもなお知られていない背景には、作曲は女性の仕事ではないという時代の制約のために未出版だったため。ファニーは経済的な不安からは自由であったために、選ばれたプライヴェートな音楽エリートの聴衆だけに作曲した名作群には、ショパンやフェリックスの作品にみられる聴衆への媚びは皆無。超高度な音楽美だけで彼女の作品は出来上がっているわけです。
生存のために売れる音楽を書かなくてはいけないという制約に苦しめられたショパンやシューマンよりも、理不尽な理由で公共の場では作曲家にはなれなかったファニーの方が創作においては誰よりも自由だったことはアイロニカルです。
ここに紹介したチェロとピアノのためのト短調のファンタジーは1833年の作品。ファニーの周りのチェロを奏でる身近な誰かのための作品だったのではと推測されます(ファニーとフェリックスの弟パウルはチェロの名手でした)。冒頭の嘆きのチェロは後年のブラームスのホ短調チェロソナタと同格か、それ以上に魅力的です。嘆きの歌はやがて明るいピアノの調べに転じます。幻想曲なので曲想は絶えず変化し続けるのですが、ピアノとチェロの二重奏は完全に対等。ファニーが愛してやまなかったヨハン・セバスティアン・バッハを思わせる対位法と拍節感のある音楽がなんとも魅力的。
もしこの曲がもっと早くに知られていたならば、チェロ奏者たちにどれほど愛されたでしょうか。ジャッキー・デュ=プレの愛奏曲にでもなっていれば、ロマン派最良のチェロ名曲として、エルガー並みに知られるようになっていたのかも。
クラシック音楽の新曲はショスタコーヴィチの死(1975年)で終わりを告げた?とんでもない、わたしたちの知らないファニーの新曲はまだ数百曲もありますよ。弟フェリックス、ショパン、シューマンと全く同レヴェルの魅力的な音楽を今こうして、まだ知らない新曲として聞くことができるとは、なんという幸福なのでしょうか!
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