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精霊の踊り

 フランス王妃マリー・アントワネットの音楽教師としても知られる、18世紀後半における大歌劇作曲家クリストフ・ヴィリバルト・グルック (1714-1787) の代表作に、日本神話のイザナギ・イザナミの物語とそっくりな、ギリシア神話の物語を題材とした「オルフェオとエウリディーチェ」(1762) があります。

 マリー・アントワネットがらみで名作漫画「ベルサイユのばら」にもほんの少しだけ出てくるほどの大作曲家。

「ベルサイユのばら」第一巻より。黒ひげの男性がマリーのピアノ教師のグルック先生。
家庭教師一同はみな、天真爛漫で自由きままなマリーに翻弄されます。

音楽史上では、花形歌手による歌合戦の場と化していたバロックオペラを改革して、ギリシア悲劇のような荘重さを歌劇の世界に蘇らせたことで、のちの19世紀音楽界最大の改革者であるリヒャルト・ワーグナー (1813-1883) に大変な影響を与えた作曲家として、再評価されつつある大音楽家です。

 ウィーン宮廷の作曲家だったグルックは後に上記のオペラ改革論争の舞台となるフランス・パリに移り、新作「オーリードのイフィジェニー」 (1773)や後述の改変された「オルフェオとエウリディーチェ」(1774) を上演。
 オペラにおいて、歌手に自由な即興的改変を許さずに作品の劇性を重視するか、歌手に自由に装飾音を付けてのど自慢させることを許すかの大論争は、当時のフランスの社交界の大きな話題になったのです。1770年代中頃のことで、既にフランス王妃だったマリーはかつての恩師のグルック先生を熱狂的に支持したのだとか。

 笑いや諧謔に乏しい、まさにギリシア悲劇のように厳しいグルックオペラは一般受けしませんが、非常に芸術的で、実演に接することができるならば、一夜の幻想世界を体験することができるはずです。ギリシア人は悲劇鑑賞をカタルシス(精神の浄化)を味わう場として大切にしました。それをグルックは復活させようとしたのです。

 そんな通好みのグルック作品の中でも、最も親しみやすい人気作が上記の「オルフェオとエウリディーチェ」。
 名作と見做されてヨーロッパ中で上演され、グルックがフランス宮廷音楽家としてパリに招かれたとき、オリジナルのイタリア語版をフランス語版に改変して、パリの聴衆の好みを考慮して新しいバレー音楽を付け加えたのです。
 そんな素敵なオペラの中の一曲が現在ではフルートソロとして単独でも演奏される「精霊の踊り」。

 この挿入歌、フルート音楽として、さほどに難しいものではありませんので、フルートを演奏された経験のある方ならばご存知ですよね。

 名旋律ですので、フルート以外の楽器でも演奏されて親しまれています。
 特にソロピアノでは19世紀イタリアの器楽音楽作曲家ジョヴァンニ・ズガンバーティの編曲がよく知られていて、大ピアニストがアンコールとしてしばしば取り上げます。
 ここではラフマニノフの演奏をあげておきます。ピアノ楽譜は三段譜になっていてモダンピアノのダンパーペダルの性能を生かした名編曲です。

 わたしはニューヨークの超絶技巧ピアノデュオのルー・アンダーソンの演奏の実演に接したことがあります。海外遠征されて私の街にまで来てくれたのです。

 たくさんの方に、この美しいメロディ、そして伴奏パートの儚い響きを味わって頂きたいです。


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